庭球夢 | ナノ

 僕と君の旅路

私はちょっとした旅が好き。
毎月出る少量のおこづかいは、イマドキの女子中学生らしからぬ使い方

友達は皆、漫画買った〜とか服買ったの〜とか、そんなことを言うんだけれども 私は週末に乗る電車賃に使う。
別に電車好きな女の子なワケじゃないよ!?
なんとなく電車に乗って、適当なところで降りて写真でも撮って、帰るのだ
それが大都会のときもあれば、ド田舎のときもある
今日はいつものように電車に乗ったんだけど、本当に目的地のあてもなく、このままだと電車賃が・・・!!

というところに、君を見つけたんだ。



旅路




「手塚。」
読書に没頭していた俺に声を掛けたのは、思いもよらぬ人物で
それはとても、とても幸運なことなのだけれど、こんなところで出会うとは・・・という思いもあった。
「・・・ミョウジ。何故こんなところに・・・」

そう思うのも無理はないだろう。
だってここは電車内で、都内にも関わらず人影もまばらなそこは知り合いに会う確率が非常に低いはず
焦りを隠せない俺の隣に問答無用でいとも簡単、自然に座ったミョウジはこう答えた。
「私、たまにこうやって電車に乗って適当にどっか行くの。 手塚は?」
ミョウジにそんなアウトドアな趣味があるとは思ってもみなかった
文芸部であり、秀才のように感じさせる真面目な表情からは想像できなかったことだ
「俺は・・・・・・少し、な・・・。」
答えをはぐらかしてしまうのは、それが少しといわず中学生の趣味とは思えないものだと分かっているからだろう。

それをしかも、


気のある女性に、言うのは・・・更に気が引ける。


そうだ。俺はこの、隣に座る同じクラスの女子、ミョウジナマエに少なからず好意を抱いている。
テニス部を見学する後輩や同級生たちから、たまに名前が挙がることがある俺だが、距離は置かれがちだ
それでも気さくに話しかけてくれ、今では仲が良いと言っても過言ではないと・・・思っている。

「少しってなにさ?」
「ああ、いや・・・」
釣りに行くんだ。 
なんて言えるだろうか
「もう、何?人に言えないようなところなんですか〜」
「ああ、いや!決してそんな場所ではないのだが・・・」
「言いなさいよホラ。ねぇ、折角のオフにわざわざ電車に乗ってまで出向く場所って?」
そしてずい、と顔を寄せる。
ず、随分な近距離だな・・・ 仕方ない・・・
「釣りに行く。 次の次の駅で降りてな」

これは正直、引かれたろうかと思った、のだが
「へえ!釣り!したことないんだよね〜私。 付いて行って良い?」
「そうなのか。(面白いものなのだがな...) ああ構わな・・・・・・え?」


一瞬自分の耳を疑った。
それはそうだろう。まさかこんな俺の趣味に目を輝かせて、あろうことか付いて行く・・・だと?
「え、なに。ダメなの?やっぱ出来ない人が行っちゃダメ?」
ぐっ・・・! 行ったらいけないなんて、そんなルールがあるわけないだろう!
「いや、構わないが・・・ミョウジにとって楽しいとは限らないぞ。」
「いいんだってそんなの。何事も経験だよ!」
冷静に返したものの、やけに上機嫌でにこっと笑ったミョウジの笑顔を見ていられなくて、顔をそむけた。



そして
目的地に着き、俺たちは並んで歩いているワケだが・・・
なんだこの緊張は・・・!なんだこの高揚感は・・・!!

「ねぇ。」
「はっ!は、あ、ん?何だ」
「なんでそんなにびびってんの?あははっ」
「あ、あぁいや、なんでもない・・・」
恥ずかしい・・・ こんな油断をしてしまうとは
「でさあ、道具ってどうするの?」
「ああ、今日は祖父が持ち出していてな。自前のものが使えないから、借りようと思っている。」
「へぇ〜、あ、あれ?」
ミョウジが目を向けた先にあるのは、たしかに目的地であった。
俗に中年と呼ばれる世代が多いのだが、いつもは自然に溶け込める、心安らぐ地だ

それでも今日はいつもとは違う。

「お、彼女連れ?すごいねぇ、二人そろって釣りが趣味なんだあ?」
もう結構釣れたというような満足気な顔をした40代くらいの男性がそう声を掛けてきた。
「ああ、いや、彼女は・・・」
別にそういった趣味はないんですよ。という俺の言葉は本人の言葉によって遮られる
「全然知識はないんですけどね〜。あははは」
・・・・・・。
「興味はあるんだ?」
「そうですね・・・、あるきっかけから、ちょっと気になりだしました」
きっかけ?
「そう、俺はもう上がるからさ。ああ、あそこ、よく釣れるよ!」
「あ、はい!ありがとうございます」

会話を終えて、こちらに向き直って 俺の頭にあった疑問符を吹き飛ばした。

「きっかけ。」
綺麗に微笑んで、指差したのは目の前の、俺。

ふ・・・っ!!
な、なんなんだ、貴女は・・・!
悶々とし始める俺をよそに、先ほどのおじさんが示していった場所に歩き出す。
「さき行ってるから!借りてきなよ」
「あ、ああ・・・。」



心ここにあらず。
これほどまでにこの言葉を体感したことはなかっただろう
いつもはただのんびりと、集中とまではいかないが、油断せず行ってきたこの釣りという行為。
本当にこれっぽっちも気が入らない。
何故なら隣に愛しい女性が居て、熱心に水中を見つめているのだから。
れは無理というものだ・・・!
たまに 「ねえねえ、魚!」 なんて無邪気な笑顔を向けられたなら、俺の胸は貫かれるに決まっている。


しばらくそんなこんなで釣りをしていたのだが、日も暮れかかりそろそろ終えようとしたとき

とすん

右肩に不自然な重みが・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・!!??

重さの掛かった右肩のあたりに目を向けると、そこには
すうすうと静かで規則正しい寝息を立てたミョウジが居た。
つまり、俺の肩に寄りかかって寝ているということだ
「ミョウジ・・・?・・・・・・。」
「すう・・・」
呼びかけてみても、帰ってくるのはそんな返事だけ
俺は自分の頬が熱くなっていると分かっていた
それは当たり前だろう
こんな無防備な寝顔と、肩に掛かる温かさ・・・。

「ナマエ」

小さく呟いて、やってしまった。
あぁ、もう俺はどうしてしまったというのだろうか。
そうだ
俺は今、ミョウジの額に

小さく

口づけを落としたのだ。

「ん・・・」
そこでタイミングが良いのか悪いのか、ミョウジは目覚めた。
「ミョウジ、もう帰ろう。」
あくまで冷静に、冷静に、れいせいに!俺はそう言った
「うん・・・。 ?・・・手塚?」
立ち上がり、道具を返しに行かなければいけないのに俺は立ち止まった。

もう、抑えられない
ミョウジ・・・
俺は、
「ミョウジ、俺は・・・・・・」
「なに?」
だが、直接的に言う勇気がない。
ああ、俺は・・・。
好き、そうは言えない自分が惨めで、憎い。

だが、言わなければ駄目だ
考えた末に俺の口が出した答えは

「俺と、付き合ってくれないか。」

随分と思い切ったことを言ったものだ
自分でも驚いて、恥ずかしくて、後ろに居るミョウジのほうが向けない。
いきなり何を言ってるんだと、そう思っているのだろうな・・・
答えはNOだろう・・・
ミョウジが俺に気があるとは思えないし・・・


「いいよ。」


だが、帰ってきたのは俺にとって最高の返事だった

のに


「手塚ってさ、山登るのも好きなんだよね?楽しそう。いいよ また、付き合ってあげる」

そんな勘違い、求めていなかったのに・・・
それは
俺と ではなく 俺に ではないか。

呆れて振り向くと、夕日をバックに美しく、可愛らしく笑うミョウジがいて
まあ、今はまだそれでも良いかと 思った。


好きだよ。 ミョウジ、お前のそんなところも。





------------
災難な手塚。
手塚視点で描くのは難しかったですが、どうでしたか?

楽しんで頂けたなら、嬉しいなあ。

 南風




back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -