静かな日に零れる微笑み



「・・・・」

「おや、降ってきましたね」

部屋から外を眺めていると、ポツリと降り始めた雨と共に弁慶が顔を出した。
私は誰もいないからと崩していた体制を急いで整える。
それを見た弁慶がクスクス笑って部屋に入ってきた。

「お隣・・・いいですか?」

「は、はい。どうぞ」

静かに座る弁慶と隣り合わせに並び、部屋から見える外の風景を眺める。
小降りだった雨が次第に強くなる時間がゆっくりと流れ出す。
なにか用があって来たのかと思えば話し出す様子もなく、ただ静かな時間が流れた。
聞こえるのは地面を打ちつける雨の音だけ。

「あの」

「紫陽花が・・・」

「え?」

「紫陽花が綺麗だなと思って」

弁慶の視線は真っ直ぐと部屋から見える紫陽花へと向けられていた。
綺麗な青色が雨と混じり、より一層と鮮やかに咲き誇る。

「紫陽花。好きなんですか?」

まるで愛しい誰かを思っているかのような微笑を見せる弁慶に望美は尋ねた。

「そうですね。そう言われればそうかもしれないな」

私は再び紫陽花へと視線を向ける。
とても綺麗なのにどこか寂しそうに思えるのは、雨が降っているからだろうか。
まるで弁慶さんのようだと、望美はふと思った。

「紫陽花には雨が似合う。暗くなる気持ちも明るくさせる」

「綺麗ですよね」

「えぇ、だけど今の僕は凄く悲しいんです。何故だと思いますか?」

ふいに真剣な表情になり、弁慶がのほうへと振り向いた。
目が合い、吸い寄せられるような瞳から目が離せなくなり望美は戸惑う。

「えっと・・・なにか悲しい事があったから?」

全く答えになっていないことに後から気がついたが、突然"なんで悲しいか"なんて聞かれても分からない。
悲しい事があったから悲しいんだ。
そんな当たり前の答えしか出てこなかった。
弁慶は、呆れもせず口元に手を持っていき笑った。
それは、けして馬鹿にした笑いではなかったが返って恥ずかしかった。

「ふふ、悲しい事か。望美さんは可愛いですね」

「えっ!なにを言うんですか突然・・っ」

顔を赤くする望美に"そうやって顔を赤くするところもね"と弁慶が追い討ちをかけてくる。
私は頬を膨らまし顔をそらした。
からかわれているって分ってるのに、いつになっても慣れやしない。
慣れればいいってものでもないだろうけれど。

「紫陽花は微笑みかけてくれるのに、僕の目の前にいる花はいつ微笑んでくれるのかな」

「・・・」

背中で受け止めた弁慶の言葉。
彼がどんな顔をして言ったのかはわからないが、私は何と言い返していいのかわからなくなり黙りこんでしまった。
あきらかに、それは私に向けられていたからだ。

「部屋に立ち寄った時から寂しそうな顔をしている。雨は嫌いですか?」

ザー、と音を立てる部屋の外。
けして耳障りというわけではないし、こういうじめっとした空気が嫌いなわけでもない。
雨が嫌いだとか、そういう事ではないような気がする。
そもそも、自分がそう思われるような顔をしていたと言われるまできっと気がつかなかっただろう。
望美は苦笑を浮かべて弁慶の方へと体の向きを変えた。

「嫌いとかではないんです。雨は静かだから、1人になった時すごく寂しく思えちゃって。心配させてしまったのならごめんなさい」

「謝る事じゃないですよ。君さえよければ、いつでも僕が話し相手になってあげます」

安心したのだろうか、弁慶は気にした様子をみせずに微笑み返してくれた。
その優しさに笑顔で御礼をする。
ちゃんと、貴方の求めている笑顔になっているだろうか。

「ありがとうございます」

「うん。やはり望美さんには笑顔が一番似合う」



――・・・君の貴方の微笑が好きだから・・
その為なら何でも尽くしましょう・・・――

美しい花の笑顔が零れるよう。

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