人の痛みがわからない。慈しむ気持ちがどういうものか知らない。だから、今眼前でうずくまるゴールドの心情なんて到底俺に理解できるはずもなかった。欠落した心というものは厄介だ。泣きたいときに泣けもせず、ましてその俺が、誰かの涙のわけを探る、なんて。最初から不可能なことだったのかもしれない。それでも俺は、ゴールドの涙をなんとか止めてやりたかった。ただ、笑っていてほしかっただけだ。

「オーダイル、あまごい」

指示を出せばオーダイルは空を仰ぎ、大きく口を開く。途端に曇天が広がり、俺達の頭上にぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。
俺は欠落した人間だ。あいつの心を晴らす魔法の言葉なんて生憎俺は持ち合わせていない。だからせめて、なにもかも洗い流してやりたいと思った。隠さずに、雨に紛れて鳴咽を零せばいい。涙を拭うことをプライドが邪魔するなら、いっそ全てこの天気のせいにしてしまえ。今この瞬間の空は、お前だけのものだ。

「馬鹿じゃねえの」

振り返ったゴールドはなんとも儚く、しかしあどけない微笑を浮かべている。なんとでもいえ、その笑顔を守るためならば俺は何度でも余計な世話をやいてやる。それが、お前を愛した欠落人間の生きる意味。互いに濡れた体を引き寄せ、ゴールドの首筋に顔を埋めた。思いの外、やつの肌はそこまで冷たくなかった。

「擽ってえ」
「嫌か」
「ったりめえだろ」
「そうか」
「退けよ」
「退かない」
「そうかよ」

矛盾を隠して空は曇るばかりだ。俺はただひたすらに、ゴールドの細い背中を描き抱いた。



∴欠落人間は人を愛する
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