たぶん、あいつと俺とじゃ「好き。」って言葉の定義も、範囲も、価値だって、全然違うんだろうな。よく考えて見りゃ当たり前のこった。十人十色って言うし。あいつにはあいつなりの「好き」の形があって、俺には俺の「好き」の形がある。小難しいことはわかんねぇけど、お互いの「好き」のベクトルが同じ方向さえむいてりゃ、それが相思相愛ってことになんだろうよ。


だとしたら、今の俺たちはダチ公ですらねえのかもな。


なんて、腫れ上がった頬を押さえながらしみじみ思う今の俺は、自分が思ってる以上に情けねえツラを晒してるに違いねえ。唯一部屋に置いてあった鏡は、今じゃもうヒビだらけで自慢のイケメンフェイスを確認するどころじゃなくなっちまってるし。あーあ、派手にやってくれやがって。エーたろうがリビングの引き出しから包帯やら熱冷ましを持ってきてくれたけど、残念ながらほとんど殴り合いでできた打撲の傷にそれらは使えない。ありがたくもらっとくぜ、と愛想笑いだけ申し訳程度に零して、代わりに散乱した引き出しの中身と一緒に埋もれていた湿布と絆創膏を、重たい腰を上げて拾った。

シルバーと喧嘩することなんて日常茶飯事だ。普段はクリスが抑えてくれるから軽口の応酬で済むけど、二人でいるときは些細なことから大乱闘ってこともしばしば。ってゆーかしょっちゅう。腕っぷしには自信があったけど、さすがは俺の恋人っつーか、あいつやたら強ぇし。殴ったり蹴ったりすることに躊躇いがないってゆうか、遠慮しねえし。痛いし。で、俺は体中痣だらけで、あいつにも二、三発重てえの食らわせてやって、そんで幕引き。おしめえだよ。今となっちゃ、もう慣れた。だからこの際、喧嘩の理由も喧嘩自体も問題じゃねえ。


今日、初めて、あいつに「死ね。」って言われた。


何だろう、死ねって。いつもの軽口なのかもしれねえけど、少し、ちょっとだけ、嘘だ、本当はかなりショックを受けた。だって死ね、だぜ?いやいや、普通恋人に、っつうかダチにだってんなこと言わねえよ。少なくとも俺はそうだ。お調子者だって自覚はあるけど、不用意に他人を傷つけるような真似はしないようにって、母ちゃんに叩き込まれて育ったもんで。

喧嘩して、殴り合いまでして、それでとどめにその捨て台詞。それだけ言い残して、シルバーの野郎は窓から木を伝って降りて、どっかに行っちまいやがった。その間、オコリザルもひっくり返るんじゃねえかってくらい怒気を迸らせて。なのに無表情とか、キレすぎだろ。何がそんなに気に入らねえってんだ。

あいつは風みてえに気ままなやつだから、目を離したらすぐどっか行っちまう。今日会ったのだって、なんだかんだで一か月ぶりぐらいだった。たまたま町の外れで見つけて、衝動的にあいつの手を引いて、半ば強制的に家にあげて。黙り込んでるあいつに説教してたら、こうなった。かまってほしかったっていうか、本当は寂しかったのかもしれない。絶対に、あいつにゃ言えないけど。だけど、それにしても、やっぱり最後の一言だけは納得できねえ。




「………ふざけんなクソ、シルバーの野郎、」




口の中が切れてるらしい。血の味だ。独特の鉄の臭いが咥内から鼻につんときて、むしゃくしゃした煮え切らない思いとやるせなさがどろどろに混ざり合って、結局俺は情けねえツラをさらに歪ませることになった。思い切り何かにやつあたりしてぇ気持ちもあったが、んなことしたら俺を気遣って下に降りてくれたエーたろうが驚いて戻ってきちまう。相棒に、こんなダセェ姿を見られるわけにはいかねえ。



「……ふざ、けんな」



なんで。
なんで俺が、こんな惨めな気持ちにならなきゃいけねえんだ。





「ふざけんな……っ」





お前に、嫌われたら、俺は。








シルバー、







「………泣いて、いるのか」
「誰の、せいだと、」
「俺のせいだな」
「ひらき、なおんな、バカ、」



いつの間に入ってきたのか、開きっぱなしのドアから土足で踏み込んできたシルバーを睨みつけるが、依然として無表情で俺を見下ろすばかりだ。今の俺はきっとかつてないほどだせぇ、汚ぇツラで泣いてるんだろな、とか案外冷静に考えもしたけど、でもやっぱこれ以上醜態を晒したくなくて、慌てて顔を背ける。

シルバーはずかずかと、それこそ俺を逃がすまいと乱暴に肩を掴んで振り向かせて、俺の切れた唇を手袋越しの指先でなぞりあげた。なに、こいつ。こっぱずかしいっつーか、近いし、優しいし、意味わかんねえ。シルバーが、わかんねえ。けっこーな付き合いだってのに、このすかしたツラした野郎はいつだって俺に心の底を見せようとしやがらねえ。

ふざけんな、って、思う。
けど、それ以上に歯がゆいって感じてる自分に、嫌気がさした。





「しん、じ、まえ、お前なんて」




精一杯の強がりだ。俺はシルバーの目を睨み付けて吐き捨ててやった。野郎は動揺するどころか身じろぎひとつせずに、俺のことをじっと観察している。反応のひとつでも返してくれれば俺ももっと皮肉を言えたかもしれねえが、あとはもうぼんやり霞む視界をどうにか晴らそうと、まばたきをこらえるだけだ。



「しんじまえ、しん、じ、」
「……」
「し…シルバー」
「……」
「しん、……じてくれよ、なあ」
「ゴールド」



俺はお前を傷つけない。喧嘩はするけど、いつだって心だけは寄り添っていたつもりだ。どんなに殴りあっても、互いに腹は割れなくても、曖昧な境界を抱えたまま、それでも丸ごと受け止めてやるぐらいの覚悟はあったつもりだ。
それをうまく言葉に表すことは結局口下手な俺には無理で、何も言わねえシルバーの服の裾が湿ってぐずぐずになるまで泣いてやった。ざまあみろ。悲鳴を上げる心には気づかないふりをして耳をふさいで、ああ、シルバーもこんな気持ちだったのかな。

なあ、お前は俺にどんな気持ちで、死ねって言ったんだよ。
それを問う前に、形になる前の言葉を包容した吐息は、重なったシルバーの口内で溶けて、消えた。じゅ、と濡れそぼった俺の唇を強引に割って、奴の熱い舌先が歯列をなぞる。唾液を舌の根っこごと吸われて、思わず肩を震わせた。いつからこんなにうまくなりやがったんだ、浮気でもしてやがったのかテメエ。そう悪態のひとつでもついてやりてえが、ぼんやりしだした意識じゃもう言葉を選ぶ余裕さえ埋まれない。ただ、角度を変えながら口ん中を蹂躙するシルバーの支配に、聞きたかった答えを見つけたような気がした。




「ん、はぁ」
「………信じていないのは、どっちだろうな」




一瞬離れた瞬間に顔前で囁かれて、そのツラがあんまりにも寂しげだったもんだから、俺はとうとう言葉を失った。両頬を掌で包まれて、再びキスをする。しょっぱい涙の味がするキスだった。なんとか鼻水を垂らさずに堪えた俺自身を褒めてやりてえが、気を緩めた瞬間に足技をかけられた後は、それも意味ねえくらいにひでえツラしてたはずだ。自覚がある。ムードもクソもねえ状態で床にひっくり返されて、顔もぐっちゃぐちゃで正直男前が台無しにも程があるだろうに、シルバーは俺に覆いかぶさる。餌を前にした獣みてえな目。ぎらついて鋭く光る銀色。でも、シルバーはきっと、誰よりも。
誰よりも。
もしかしたら、俺以上に。





「……………死んでしまえばいい。俺を、愛しきれないお前など、」





俺のこと、愛してくれてたのかもしれない。



俺たちはギブアンドテイクの関係で、もちろん優位に立ってやりたいって気持ちもそりゃあるけど、それでも俺たちはずっと同じ未来を見つめて生きていこうと、そう決めたはずだった。背中合わせでも、向き合うのでもなく、お前とただ同じ場所にたどり着きたくて。最終的に行き着く場所が、お前の隣ならそれでいいって。

シルバーの掠れた声が俺の涙腺をさらに緩ませる。霞んだ視界に映るシルバーの、むかつくくらい整ったツラが心なしか歪んでいたのにも、素知らぬふりをした。あいつは全身で、俺を求めている。俺はそれに応えてやれる。けど、けどよぉ、みっともなくて今更言えねえじゃねえか。
手放しに喜べねえのは、お前のこと愛しすぎちゃってるから、なんて。




「……シルバー、」
「俺は謝らないぞ」
「バーカ、んなこと言いてぇんじゃねえよ」




喜びやがれ。たぶん、もうこの先二度と、こんなこと言うゴールド様は拝めねえぜ。





「優しく、してくれ」





そうして、瞬間目を見開いて硬直したシルバーの首根っこを引き寄せて、歯と歯がぶつかるような甘さの欠片もない、だけど俺たちが今までしてきたどんな行為よりもまっさらな、キスをした。





ハートフルユニオン





「……お前はもう少し、」
「あ?」
「その無思慮の言葉が、どれほど俺の雄を煽るか、自覚した方がいい」



うっすら熱に浮かされた、シルバーが俺の首筋にきつく噛みつく。喰うか、喰いつくされるかの勝負ってか?上等。今日は負ける気しねえんだわ。
なんてったって、お前が本気で愛しちまった俺なんだからよ。




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