遠くで黙々と煙が上がるのが見えた。それは安物のリボンのようで、あてもないのに俺はその行く末をただ見つめるばかりだ。いつか雲に飲まれて消えゆくだけの淡い一本道。あれは人の世に似ている、と思考を働かせたところで、木陰から俺を覗き見る視線に気がついたのだった。


「……覗きとは、いい趣味だな。ゴールド」
「バーカ。野郎を観察するなんざ真っ平だぜ」
「では何をしているのか手短に話せ」
「一人寂しく物思いに耽ってやがるシルバーちゃんを同情しに」
「相変わらず胡散臭い奴だな」
「テメエも相変わらずのキザっぷりだな。ヘドが出るっつーの」


そう言うとゴールドはひょいと顔を出し、ずかずかと俺の隣に勝手に落ち着いて腰を下ろした。喰えない奴だ。だが、だからと言って俺が退く理由はない。男二人が大木の根元に黙って居座るというのも端から見ればお笑いものだろうが、ゴールドはそんなことお構いなしに、同じように天を仰いだのだった。
奴にしてみれば、俺の考えていることも周りに何が見えていようと、まして誰とも知らない第三者にどう思われていようと、関係ないのかもしれない。それはひどく残酷である以上に、唯一の特別だった。


「……滑稽だな」
「ああ、知ってるよんなこたぁ」
「………滑稽、だ」


俺たちはひどく人間的なのだ。人間的であるが故にどうしても感情を割りきれない。一切合切を無にしても、そこからまた無駄なものを生み出してしまうのが人だ。俺たちは人だった。そのことに言い知れない安堵を感じている俺がいて、どうにも癪だった。俺は自分が思っている以上に繊細だったらしい。
しかしゴールドはどうだ。奴はと言えば遠く立ち上る煙を眺めているのかと思えば、その視線はひどく朧気で虚空をさ迷っている。奴もまた人間的でありながら、しかし俺とは相対的に、対極に在ったのかもしれない。冷ややかな金色の瞳の奥には、何の感情も見てとれなかった。


「……お前は」
「あん?」
「お前は、いったいどこにいるんだ」


誰に問いかけたのか、あるいは俺自身答えが欲しくて投げ掛けただけだったのかもしれないが、そんなことは取るにたらないことだ。
ゴールドが俺を見つめる。負けじと俺も奴を見据えた。ひとつわかったのは、やはりゴールドという男の底を安易に測るのは不可能であるということくらいだろうか。
ひとつわかったのは、やはりゴールドという男の底を安易に測るのは不可能であるということくらいだろうか。ニヒルに弧を描いた奴の唇から目を逸らすことができず、俺はただ息を呑んだ。



「俺を見つけんのはテメエの役割だろうがよ、シルバーちゃん」



まるで遅効性の毒のようだとさえ思う。奴の言葉はじわじわと鼓膜から脳へ、脳から脊髄へ、脊髄から運動神経を通じて指先へと、それは恐ろしいほど緩やかに全身に巡るのだ。いっそ毒されてもいいと、理性の片隅でそう呟く俺は疾うに毒気に犯されていた。それもまた一興かとほくそ笑む。
発熱を促す作用に当てられたか、自然と俺の掌は奴の喉元へと伸びていた。
(ああ、なんて遠い。)
触れても満たされない。伝えても届かない。この距離感に切なさを覚えると同時に、足先から収縮するような、心臓を針でつつかれているような痛みとむず痒さを感じる。それが一般的にいとおしさと呼ばれるべき感情であることを、俺はまだ知らずにいる。


「俺がお前を見つけたら」
「ん」
「その時は、決して裏切らないと誓え」
「上から目線とか超うぜえ」
「ゴールド」
「はっ。んなこと言われなくったってなあ、俺ァけっこう一途なんだぜ」
「知ってる」


存外俺たちは似ている面もあるのかもしれない。「へっ、そーかい」と笑って、唐突且つ無遠慮に俺の肩に頭を預けたゴールドを、俺は無言で甘受した。大概意思発信力が欠場しているとは思うが、そこは相手がゴールドであるならさして問題はないだろう。
今日も空は青く澄んだままだ。そんな流れの中で、俺たちは生きている。いつしか煙は一筋の名残も残さずに掻き消されていた。ただ、俺の視界にはざんばらとした黒髪ばかりが、悠々と風に靡く様が映し出されている。





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