「また行くの?シルバー」

寝泊まりのために使用しているだけのあばら家から出ようとした俺に、まるで牽制するかのように冷たく、姉さんが声をかけた。依然として背を向ける俺に彼女が「もう、やめなさい」と続ける。言葉が、背中も皮膚の血管も骨までもすり抜けて心の臓に突き刺さった気がした。

「……姉さん」
「とっくに知ってるんだからね。あんたが会いに行ってる、あの子のことも」
「俺は、」
「言わないで。……わかってるわよ、わざわざ言わなくたって」
「…それなら」
「シルバー、あんたは間違ってる」

凛と、一分の躊躇いもなくそう言い切ったブルー姉さんの目は真剣そのもので、俺は反論することさえ許されないのだと瞬時に察した。姉さんは聡く、賢明で、調子がいい振りをして変にシビアだ。そして何よりも鋭い。俺の異変になどきっと始めから気づいていたはずだ。それでも今まで何も言わなかったのは、きっと彼女が俺の『姉さん』であるからだった。

「あんたが気にしてるあの子はね、」
「姉さん!」
「聞いてちょうだい。あの子はシルバー、あんたが思ってる以上に焦がれるには遠い立ち位置にいるのよ」

振り向いて、けれど向き合いたくない言霊の壁が俺を縛り付けて離さない。どうすることもできない、現実。雁字絡めの俺は差し詰め、所謂運命などと一般的に呼ばれるそれに翻弄される幼児さながらだ。それでもかまわないと思うのだから、俺もだいぶ毒されているらしい。
姉さんは正しい。そんなことは疾うにわかっている。俺たちと奴の間にくっきりと引かれた境界線は、そう易々とは越えられはしないのだ。俺と姉さんはこの場所に縛られている。他でもない己の無力さが鎖となって、足枷を壊せずにいる。奴は違った。ゴールドを縛るものは圧倒的権力の権化。はじめから、俺たちは似ているようで似ていなかった。同じ世界を共有しているようで別世界の住人だった。俺たちは違っていた。当たり前のことだった。

「それでも、」

姉さんが俺を仰いだのがわかった。視線が突き刺さる。交錯する。目に見えない無言でのやり取りは信頼の証だ。心も言葉も見えないけれど確かにここに在る。確固とした意思は互いの心臓その奥深くに沈殿するだけ、なんてことは決してない。祈りのようだとさえ思った。ブルー姉さんの讃えた二つの海が静かに細波を生む。

「それでも俺は、………見届けたい」

何を、とは言わずともわかるはずだ。
たゆたう蒼が音も無く揺れる。俺は目を閉じて、あとは何も言わずにその場を後にした。「あんたが泣く顔なんて私は、」と姉さんの呟いた声だけが俺を見送る。上等だ、と小さくほくそえんだ。俺も大概大馬鹿だ。よくわかっている。理解と把握の合間で、それが正しいことかさえよくわからないままに生に逝く。俺はそうして生きていく。
呼吸を開くと日の光のような温もりが在った。気づいたときから、もう戻れないという確信の中で、俺は今日も大地を駆ける。



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