「明日、暇か。」
「明日は、特に予定ねえけど、なんだ?」
「二人で出掛けてみるか。」
「お、おう…。」
「十四時に自然公園に来い。何処に行くのか、考えておけ。」
言うと、シルバーはボールからヤミカラスを出して飛んでいって、俺は奴が見えなくなるまでそれを見上げていた。
付き合い出して数週間、これって、もしかしてあれか。初デートってやつ、か…?いや、うん、そうだよな。付き合ってから二人で出掛けるなんてのは初めてだし、つか付き合う前から考えても、改まって二人で出かけましょうなんてのは、初めてのことだ。
初デート…か、そうか。
…何これ!なんかちょー恥ずかしいんですけど!!
というのが昨日の話。
今、十三時三十分。俺は自然公園のベンチに腰掛けている。早えよ、馬鹿か。すげえ楽しみにしててちっとも寝れなくて、そわそわしてて気付いたら朝になってて、やべえ!と思って慌てて来たら早く着き過ぎちまったみてえじゃねえかよ。…まあ、そうなんだけどさ。はあ、馬鹿過ぎる。
つか、一晩寝ずに考えてみたけど、行きたいとこは決まらなかった。デートってみんな何処行くんだ?ゲーセンとか、買い物とか、それってダチと行けばいいだろ。映画ってのもベタ過ぎっつか、俺とあいつの趣味が合うとも思えねえしなあ、シルバーってどんな映画見るんだ?それを知らねえからどうしようもねえとか、もう考えれば考えるほど決まんなくて、結局シルバーの行きたいとこって事にした。ほら、あれだ。好きな奴の好きなもんを知りたいみてえな。よくある話。
なんつって考えてると、向こうから歩いてくるシルバーが見えた。あーやべえ、なんだろコレ。緊張?そわそわしてる、かも。気持ち悪。時計に目をやると、丁度十四時。時間厳守ってな、律儀なこった。
「待たせたか、すまない。」
「や、俺も今来たとこだ。」
と、まあ多少の嘘は許せ。三十分も待ってたなんて、言えるか。
「よし、何処へ行く?」
「あー、なんか全然思い付かなかったからよ、お前の行きたいとこでいいぜ。」
「それでいいのか?」
「おう、買い物でもなんでも付き合ってやるよ。」
「行きたい所、か。」
そりゃあ、俺が考えてくると思ってたシルバーが、自分の行きたいとこなんて決めてるはずねえか。うむ、って顔しながらしばらく考えてるシルバーを待つ。ま、こいつと一緒なら別に何処だって、
「図書館、」
「わりい、やっぱ俺が考えるわ。」
訂正、却下。それは却下だ、わりい。
なんでも付き合ってやるって言った手前申し訳ねえが、それは止めよう。三秒で寝る。あんなクソ静かな空間で、しかも一睡も出来なかったなんてオプションまで付いてくりゃあ、三秒で落ちるだろ絶対。
ソッコーで却下された事が不満だったのかなんなのか不機嫌気味に睨まれるけど、いや、うん。だから悪かったって。
「ならさっさと考えろ。」
「分かったって、えーっと、…遊園地とか?」
いや、これは外れ。俺が図書館却下なのと同じくらい、シルバーも遊園地は却下だろ。
「待て、他考え、」
「よし、行こう。」
「え、良いのか?」
「なんだ、行きたいんじゃないのか。」
「まあ、行きてえかな。でも、お前良いのか?」
「お前が行きたいならそこでいい。俺はどこだって構わん。」
「そ、っか。」
「行くぞ。」
「お、おう!」
すたすた歩いていっちまうから、慌てて後を追った。なんだこいつ、ちょっとときめいちまったじゃねえか。どこだって構わんとか、何それ、シルバーのくせに男前なんですけどうぜえんですけど。クソ。
小走りで後を追って隣に並んで、チラっと見えた顔がちょっとだけ笑ってるように見えて、よくわかんねえけど、俺はこの緊張どうにかしようぜ。だってほら、初デートなんだし?楽しもうぜ。
そして、遊園地。こんな場所へ来たのは初めてだが、なかなか悪いものでも無いかもしれない。それなりに人も多いが、人混みに溜め息を吐く程のものでもなく、目に入った順に端から乗り物に乗った。絶叫マシーンが楽しいかと聞かれれば、回答には悩む所だが、ゴールドはぎゃあぎゃあ騒ぎながら楽しんでいたようなので良しとしよう。適当に飲み物を買って、ベンチに腰掛けながら少し休憩を。
それにしても、今日のゴールドは口数が少ない、いつもに比べると、だが。そして、隣に座っているだけでひしひしと伝わってくるこの緊張感を、どうにかしろアホ。
「もっとはしゃぎ回るのかと思ったが。」
「は?!俺はちょーはしゃいでるだろ!お前の方こそ、ジェットコースター乗りながら、腕組んだまま無言無表情止めろよ。」
「他にどうしたらいい。」
「なあ、やっぱ…楽しくねえ?」
「いや、十分楽しんでいる。」
緊張すると口数が減る。無音に耐えられなくなったように口を開いたと思えば、普段よりも数倍くだらん事を言う。下手な笑顔を作る。視線が彷徨うなど、いくつか知った。いい収穫だ。
チラチラと、俺が楽しんでいるのかを確認するように、うっすら不安を浮かべた視線を何度も向けてくるのには気付かないフリをしてやった。
そして、俺の回答にホッとしたように「そっか。」と呟くので、なんというか本当に、下手くそな奴だと思った。それがゴールドのいい所なのかもしれない。そうでなければ、俺はこいつと二人でこんなところには居ないだろう。
「シルバー。」
「何だ。」
「サンキュー、付き合ってくれて。」
「俺が誘ったんだろう。」
「まあ、そうだけどよ。俺も二人で遊び行きてえと思ってたし。」
手に持ったカップを揺らしながら、改まった笑顔を向けられた。相変わらず普段と少しだけ違った空気を纏っていて、何とか搾り出した話題のようにも、言おうとしていてなかなか言えず、満を持して言った言葉のようにも思えた。まあ、どちらにしても、あまり面白くは無い。
「じゃあ、誘ってくれて、サンキューな。」
「お前は、緊張すると本当にくだらないことを言うんだな。」
「な、馬鹿!緊張なんかしてねえよ!」
更にくだらん嘘を付くので、そろそろ助け舟を出してやろうか。まったく、世話の焼ける男だ。
「今日は嫌味も言わなければ、視線もあまり合わなかったな。」
「は?何、」
「まあ、何度もチラチラと盗み見されてはいたが、俺がお前を見るとすぐに逸らされた。気付いていないと思ったか。」
「ちょ、待てよ。」
「歩きながら肩がぶつかった時に、あんな顔をして謝られると、こっちが恥ずかしくなる。あれは止めろ、色々と良くない。」
「…わかった、もう止めろ。」
「集合も、少しくらい遅れてくるかと思ったが、三十分前とは随分早かったな。緊張で眠れなかったか。」
「わかったっつってんだろ止めろよクソ野郎!!つーか見てねえでてめえもとっとと出て来いよ!何が待たせたか、すまないだカス!!マジで趣味わりいな!!」
「よく覚えているな。」
「黙れ!しょうがねえだろ、初デートだぞ初デート!!緊張くらいするってんだよばーか!」
開き直って勢いよく発せられた饒舌に、これでこそだなと、少し安心した自分が居た。安心したというよりは、落ち着くの方が正しいか。
そして、そうか、これは俗に言うデートというものなのか。そんな意識は全く無かったが、それなら尚更だ。
「お前らしくない。」
「…あ?」
「俺のことばかり気にしすぎだ。少しは楽しめ。」
「…お前が楽しくねえなら、俺だって楽しくねえよ。」
「俺は十分楽しんでいると言っただろ。」
「そう見えなかったから不安だったんだろうが。」
「まだまだ分かってないな、アホめ。」
「るせえな、てめえはもうちょっと表情使って表現しやがれ。わかりづれえんだよ、馬鹿。」
「分かるようになれ、俺の恋人なんだろ。」
「…たまにそういうの挟むの止めろ。卑怯だぞ。」
「意味がわからん。」
「分かるようになれよ。」
俺の恋人なんだろ、と得意気に笑うので、全くくだらないなと思いながら少し笑って立ち上がる。大分暗くなってきたが、閉園まではもう少し時間があるな。
「行くぞ。」
「何処に?」
「せっかく来たんだ。全て制覇しなければ帰れない。」
「はは、そりゃそうだ!っつってももうほとんど乗ったんじゃね?あとどれだ?」
「一番奥に、ホラーマンションというのがあるらしい。」
「よし、じゅーーぶん楽しんだ!帰るぜ!」
「おい待て、そっちは逆だ。」
「逆じゃねえ、出口はこっちだ。離せ。」
「なんだ、怖いのか。」
「怖くねえよ!と言いたいとこだがな、俺は今日てめえに嘘付いても何の得もしねえことを学んだ!怖えよ、ちょー怖えよ!!ぜってえ行かねえかんな、行きたきゃお前一人で行きやがれ!」
「それでは意味が無い。お前と二人で行きたいんだ。」
「そういうの挟むの止めろって言ってんだよ!ずりいだろ!」
「よし、行くぞ。」
「ちょ、離せ引っ張んな!待てっておい!!!」
ずるずると、ゴールドのパーカーを引きながら一番奥へと向かった。ホラーが苦手だったとは、またひとつ学んだ。後ろから聞こえて来る奴らしい騒ぎ声を聞きながら、たまにはデートなどというものをしてみるのも、そこへ入った後のゴールドの反応を想像し、ほくそ笑んでいる自分も、なかなか悪くないのではないかと思った。
不知火様へ。リクエスト感謝!