「ようシルバー!すっげえ探したぜ!会いたい時に限っていねえとかどこまでも使えない野郎だな!ポケギア持ってる意味ねえじゃんちょっとは気にかけろよ、電話の取り方くらいはわかるだろ?わかんねえのお前?まっ!俺様はやっさしーから今回は多目に見てやるけどよォ」なんて、久しぶりに顔を合わせたと思ったら突如ベラベラと、それはもう脳で処理して言葉にするまでの行程のシナプスが優れているのだろうとある意味感心してしまう程饒舌に言ってのけたゴールドを尻目に、俺はただひたすらに沈黙した。バカに付き合う時間はない。そしてバカの言うことをいちいち真に受けて喧嘩を買うほど、俺は子供でもない。つまりこの場合俺がするべきは沈黙と無視、そして放置だ。「おい。」そういえばブルー姉さんにおつかいを頼まれていたんだった。ガンテツのところにボールを受け取りに行くだけだ。なに、たいした時間はかからない。「聞けよコラ。」そうだ、帰りがけに土産を買わなければ。姉さんのことだ。きっと晩ごはんは家で一緒に食べようと強く勧めてくるに違いない。手土産の一つ、持っていって損はないだろう。「いい加減にしろシルバーてめえっ!」ああもう、なんだこのバカは。騒音も最近では罰金ものだと法では定められていないもののそう認可されているんだぞ。警察につき出してやろうか。もちろんそんなことをしても自分の首を絞めるようなものなのだが、とにかく。

「うるさい黙れ」
「なんだ、聞こえてんなら話続けるぜ」
「……」

振り返った途端に、いっそ清々しいくらいにころりと表情を変えたゴールドに、ため息をひとつ。(この男とまともな会話が出来ないのはいつものことだ。)口の端をつり上げにたぁ、と擬音で形容してもおかしくない嫌な笑顔を浮かべ俺に近づいたゴールドは、手に持っていた紙袋を俺の胸に押し付けた。なんだ、これは。開いた袋口からひらひらとした薄い生地の布がちらりと見えて、ますます困惑する。

「……?」
「出していいぜ」
「言われなくとも」
「感じわりぃの!」
「それはこっちの台詞だ」

何はともあれ、だ。受け取った紙袋に手を突っ込み、無造作に引っ張り出してみた。そして、別の意味で沈黙した。(何だ、これは。)俺の手の中、そして眼前にあるのはもちろんただの布切れなどではなく歴とした服であるのだが、今俺が着ているようなフリースタイプの上着でもなければ、ゴールド愛用のトレーナーでもない。例に挙げるならばブルー姉さんが過去好きこのんで着用していた、黒のあの服によく似ている。そう、だからそれはつまり一般的概念を持つ言葉で表すならば。

「ワンピース?」
「そのとおりっ!」

ふんっ、と得意気に鼻を鳴らしたゴールドを思わず二度見する。俺とワンピースを交互に見てはにやにやと口許を緩ませるこいつはおそらくその自覚もないのだろう。頭が弱いからな。だがしかし、変わったやつだとは思っていたが、まさかここまでとは。

「女装癖があったとは驚きだな、ゴールド」
「ねえよ!変な方向に考えてんじゃねえコラ!お前が着るんだっつーの!」
「は?」

予想外の奴の言葉に思わずすっとんきょうな声をあげてしまい、結果それが余計にゴールドの気を良くしてしまったらしい。俺の手の中にあるワンピースを指差して、あたかも『今から俺が話すから余計な口出しすんじゃねえぞまずは話を聞きやがれコンチキが。』とでも言わんばかりのドヤ顔を浮かべるものだから、馬鹿馬鹿しくなって口を開く気にすらならなかった。

「それがよぉ、この前カントーの方に住んでる、まあ昔良くしてくれたつりびとのおっちゃんと電話してさ。ついつい恋人がいる、なーんて言っちまって。いや間違いじゃあねえんだけど、さすがに相手が野郎とか知られちゃまずいわけ。俺のプライド的にな」
「ならば適当にごまかしておけばいいだろう」
「ところがどっこい、写真送るって約束しちまったんだなこれが」
「馬鹿が」
「うっせえ」
「代わりはいないのか」
「生憎俺の周りのギャルにゃあ肩まである所々跳ねた赤い髪がそれなりにキレイな、黒が超絶似合う無愛想無口系女子ってのはいねえんだわ」
「……お前はいつも一言多いんだ。アホ面」
「てめえもだろうがよ」
「一緒にするな」

だが、それにしてもこの男がこれほど頭が悪かったとは思わなかった。普段は言わなくてもよい軽口をべらべらと捲し立てては人の神経を逆撫でたり、またはその逆をしてみせたり。馬鹿は馬鹿でももう少し機転が聞く馬鹿だと踏んでいたが、俺はこいつへの認識を改めなければならないらしい。呆れてため息しか出てこない俺の口を、ゴールドの手が覆った。「ため息ついたら幸せが逃げるぜ。もっともお前のちっぽけな幸せなんざ、俺がいつでも補給してやれる程度のもんだろうけど。」そう口の端を吊り上げて笑うゴールドを、許してしまうのもまたいつものことだ。

「それに、嘘つきたくねえじゃん、こればっかしはさ。俺の恋人は無愛想で無口でくっそつまんねえけど、世界にたった一人、お前だけなんだからよ。」

ああ、これでいよいよ俺は逃げ道を失ったらしい。ため息を呑み込んで苦笑すれば、驚いたようにゴールドが目を丸くする。散々こいつを馬鹿だと罵った俺だが、その馬鹿の一言にこれほど左右され一喜一憂してしまう俺も大概馬鹿でしかないのかもしれなかった。





さて、そういう実にくだらない経緯を経て今に至る。所変わってゴールドの自室。奴の母さんも留守ということでしぶしぶそこを着替えに使ったのだが、「おお…!」そう感嘆(俺としては全く嬉しくないが)の声をあげるゴールドの嬉々とした顔を見て、俺は本日何回目かのため息をついた。長袖の黒いシンプルな、膝が隠れるか隠れないか程度の長さのワンピースを身につけ、知識は無いもののゴールドが持ってきた化粧用品をわかる範囲でつけてみたが、なんとか形にはなったらしい。前髪の分け目を変えて後ろを下で緩く結えば、ぱっとみた印象では俺が誰かわからないだろう。写真に声を録音する機能がなくてよかった。さすがに声音ばかりはごまかしきれない。着なれない服の襞を摘んで弄りながら、ここまでしてやった自分の寛容さに半ば呆れ、やはりため息をつく。ため息しか出てこなかったと言った方が正しいかもしれない。

「よく似合ってるぜシルバーちゃん、さっすが俺の彼女!」
「馬鹿も休み休み言え」

ひと睨みしてやるものの、そんなことではこのお調子者を黙らせることはできず、「エーたろう!こいつでパシャッと、いっちょかっこよく撮ってくれよな!」と相棒のエイパムにカメラを渡すゴールドの背中を蹴ってやった。スカートの中が見えたかもしれないが、そんなことは気にならない。「何すんだよ!」と吠える馬鹿の言葉は全て無視する。早く用を済ませてこの服を脱ぎたい。まずそれが先決だ。

「早くしろ」
「ちっ!わーってるよ……エーたろう!頼むぜ!」
「エイパッ」
「3・2・1……」
「……」
「はい、ちー……んむっ」

パシャッ。ゴールドの合図と同時にシャッターを切ったエイパムが、きょとんと首を傾げて俺たちを見ているのがわかった。俺には関係ないがな。

「ぷ、はっ……!」

力任せに肩を抱き寄せてくちづけた、その衝撃にゴールドは目を丸くして同時に俺を思いきり突き飛ばす。その反動で自分がひっくり返っているのだから世話ないな。無意識にだろうが、思いきり噛まれた下唇が切れたらしい。僅かに血が滲むのを感じて、舌で舐めとればぼんやりとした鉄の味が広がった。一方尻餅をついたゴールドはゴールドでひどく動揺しているらしく、ゆらゆらと揺れる視線を捕えてやれば肩をびくりと跳ねさせた。

「ぁ…って、てめ……いきなり何すんだよ!」
「いい写真が撮れたんじゃないか?」
「はぁ!?んなサービス精神はこちとら求めてねえんだよ!ちょっ…ち、近づくんじゃねえ……っ!!」
「注文の多い彼氏様だな」

目線を合わせるようにゴールドの脇にしゃがむ。じっと見つめればあからさまにいつもとは違う反応を示す奴に、少し好奇心が疼いてしまった。普段ならば俺からのキスも悪戯に笑みを浮かべて甘んじて享受するこいつが、今は恥ずかしさだか照れ臭さだか、もしくはどちらもかもしれないが、頬を赤く染め上げている。俺がこんな格好をしているからか。(メリットはないと思っていたが、思わぬ収穫があったな。)くす、と笑うと間髪いれずに「笑ってんじゃねえよクソ野郎!」と飛んできた、その口をまた覆ってやったらこいつはどんな顔をするだろう。

「まんざらでもないんだろう?ゴールド」
「……意味、わかんねえ」
「わからせてやるさ」

俺がお前のためにここまでしてやっているんだ。ならば、これくらいの見返りは当然だろう。
ゴールドの揺れる金色の中に、僅かに期待の色が浮かんだのを俺は見逃さなかった。やはりこいつは食えない男だ。天の邪鬼め、そう心中で毒づくものの、それも人にばかり言えないかと気づいて苦笑する。俺たちは大概、根っこは似ているのかもしれない。それも今さらだ。

「おい、写真、」
「今撮っただろう」
「あんなん送れっかよ、取り直しだボケ。どきやがれ」
「断る」
「……昼間っから盛ってんじゃねえぞクソシルバー」
「それはお前もだろうが」
「それはてめえが、」
「もういい黙れ」

この先お前の言うことは全て却下だ。嫌とは言わせない。そういう意を込めて、肩を掴んで押し倒した。みるみる情けなく眉を下げたゴールドの目尻に唇を落とせば、ああ、もうどうでもいい。(抵抗しないということはつまり、そういうことなんだろう。)都合のいい解釈をしておけばいいさ、そう結論付けて、赤いパーカーをたくしあげた。



∴我が儘一つと見返り二つ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -