ふと、思い出すことがある。傷つけ合っては何度も許し合い、傷つけ合っては何度も笑い合えた、あの日の俺たちの面影を瞼の裏に見るのだ。人はそれを友情と定義するのかもしれないが、俺たちはそれすらも踏み越えてこの感情を愛と呼ぶことにした。いつのことだっただろう。遠い過去のことのようにも感じるし、つい数日前のことだったような気もする。あいつは言った。「お前すっげえムカつくし、このクソ野郎って思うこともあっけど、愛してるぜ。」俺は答えた。「奇遇だな。俺も全く同じことを思っている。」記憶というのは自分に都合のいいことばかりを残しているようでその実不合理なものでしかない。一般的に思い出と呼ばれるそれは、今やもうその意味を見失ってしまっている。

「だから、さよならだ」

切り出したのは保身のためでもなければお互いの未来なんて曖昧なもののためでもない。あいつは笑っていた。きっと強がりでもなんでもなかった。
孤独な群衆の中にただ一人置き去りにしてきたあの日の俺を、連れて、今俺の背中を押すゴールドは何も変わらないままだ。不変。しかしそんなものは存在しないということを俺たちは知っている。時間が流れていくように、季節が移ろい往くように、地球は何事もなかったかのように廻り続けるだけで俺たちを縛ることはない。一種の自由とも謂えるそれはいつでも俺の首筋にその刃を突きつけている。俺はいつか殺される。その時隣に、この男にだけはいてほしくないと思った。俺は知りたくないんだ。せめて、変わり続ける断片的な感情の狭間に一掬いでも、奴の心が流れ込もうとするのを頑なに信じている。
そうだ。俺は自由なのだ。

「泣かねえの?」
「誰が」
「シルバーちゃん」
「その呼び方はやめろと言ったはずだ」
「いい加減諦めろよなぁ。何年間このやり取り続けたと思ってんだっつの」
「それはこちらの台詞だ」
「へっ」

悲しいことなんて何もない。ゴールドはそう言った。俺も悲しいとは思わなかった。それがはたして真に俺の本心だったかはわからない。今さらだろう。心が嘘をつこうがつくまいが、ゴールドはいつだって俺の本質を見抜いては心を融かすのだから、俺はただどろどろに液体と化したそれを飲み干して、また人に戻るだけだ。新生と創造、そのどちらにも当てはまらない、俺はただひとつの感情を取り巻いて形成されている。優しさを優しさとして受け取らないのは、欠陥人間だからではないのだ。心が欠落しているからでも、ない。ただこの世界がそれ以上に暖かかった。それだけだ。
愛さなければ人は人ではない。馬鹿げた真理だ。愛を知らずとも人は生きていける。水と塩と、少しの栄養素、そして空気さえあれば、結局は呼吸が可能なのだ。けれどそれは人でなくても同じで、仮に獣だろうが微生物であろうが俺たちは同じ直線上に立った同類ということだ。本当に馬鹿げているが、忌々しいことに俺を人類の境界内に引き込んだのはまず間違いなく、ゴールドだった。
なんて滑稽で歪な、けれど幸せな関係なのだろう。俺たちはこうも囚われずに前を向いて歩いていけるのだ。いつかの体温を標に俺たちは酸素と、命を燃やす。左心房に奴がいるのだとすれば、何を恐れる必要があるだろうか。いつ如何なる時だって、俺は俺だけのものだ。(そんな俺を、あいつは愛していると言うに違いないのだから、俺が臆するわけにはいかない。)

「ゴールド」
「おう」
「お前は、囚われてくれるなよ」
「てめえと一緒にすんな」
「ちっ。愚図め」
「どっちがだよバーカ」

そうだ、先に歩みを止めたのは俺だ。だから今こうしてお前に背を押されている。決別。けれどこの金色は、決して俺を見限りはしない。だから俺はこの道を選んだんだ。
エゴイズムの塊と少しの自我を混ぜ合わせて、それに心と名付けるのなら、どうかその定義を決めるのはゴールドであってほしい。神もクソも関係ない、今俺にとって価値も基準もその全ての支配権はこの男に準じている。言葉にはしないが、確かに感じている。俺はゴールドを、愛している。

「シルバーちゃん」
「だからその呼び方はやめろと何度も……」
「これからお前が出会う奴らは、きっとお前を一人にはしないぜ」

ゴールドが、帽子を被り直した。再び顔を上げた奴の目に、俺は宇宙を見た。渦巻く銀河を欲するのは何も俺だけではなく、そもそもゴールドという男は常に駆け引きを好むのだ。いずれは色褪せるこの一瞬を刻みこむかのように瞬きするこいつは、もうこの手には戻らない。俺を一人にしなかったゴールドだけが、今この瞬間に存在を消したのだろう。

「それじゃあ、」
「ああ」
「達者でな!」
「……ああ、」

(ゴールド、)
名前を呼んでは、ならないのだ。その一線は二分前の俺が今を区切るために残した証であり、記憶という不明瞭な情報そのひとつに明確な意味が宿ったことを示している。俺はここから生きていく。数えきれない惜別を背にする勇気をくれたのは、やはりあいつで、俺はどこまでもゴールドを思うのだろうと予感していた。それが俺の罪でもあり唯一の願いだ。
「さよなら、ゴールド。」限りなくか細い声でそう呟く。なんて清々しい気分なのだろう。もう会うこともないあの金色をふと想って、俺は、少しだけ泣いた。



∴good bye my sweet
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