「そば?俺うどんの方が好きなんだけど」

俺が手に取った袋を見て、ゴールドがぼそりと呟く。「そうか。だが新年だぞ。」と返せば、「ああそっか。じゃあいいや。」と興味無さげに菓子類の陳列棚へと早足に行ってしまった。仕方のないやつだとため息をついて、かごの中にそばの袋を二つ放り込む。ついでにその隣に並べられてあったうどんの袋も一つだけ入れておいた。

「おい、ゴールド」
「あ。なあなあシルバー、お前チョコと大福どっちが好き?」
「煎餅」
「じゃあピーナッツな」

酒のつまみによくね?と口の端を吊り上げて歯茎を見せて笑ったゴールドの頭を軽く叩いた。この歳で飲酒はいただけない。「バカ言ってないで買うなら早くしろ。」と一言残してレジに並ぶと、さもつまらないと言わんばかりにむすくれたゴールドがかごに大福を二つ入れた。同時に胡麻煎餅の袋も放り込まれたのを視界の片隅に確認して、思わず苦笑した。

「買うのこんなもんか?」
「充分だろう」
「派手に魚介類とかぶち込みてえ」
「肉は買った」
「だから両方」
「味がうるさくなるぞ」

すぐに回ってきた順番に従って会計が進む。コートのポケットから財布を取り出して、紙幣を一枚取り出して支払いを済ませた。前以てゴールドの母さんから預かっていたものだ。彼女は今日福引きか何かで当たったという旅行に友人と行っている。ポケモンたちもみな引き連れて。本当はゴールドもそちらに行く予定だったらしいが、数時間前に突如呼び出しを食らったかと思えば「気が乗らねえから旅行にゃ行かねえことにした。付き合いやがれ暇人。」という旨の連絡。すぐにピンと来て、やはりゴールドは馬鹿だと心の底から納得せざるを得なかった。魂胆が見え見えだ。いや、魂胆というのはそもそも自分の得になる場合に使うのだから語弊があるかもしれない。「付き合ってやるよクズが。」と返事して、ゴールドの母さんと互いに苦笑を交わしたことにこいつはきっと気づいていないのだろう。(この男は時折我が儘を通して人を甘やかすのだからたちが悪い。)俺が一人で年を越すのを見越してか、仮にそうでないにしろゴールドは俺を選んだ。それで充分だった。

「……?何ぼけっとしてんだよシルバー?」
「何でもない」
「お前そればっかだよな。くそつまんねえ死ねスカシ野郎」
「お前が死ねカス」

レジを黙々と打っていたおばさんが今にも噴き出しそうなのを見て、はあとため息をついた。ゴールドが足を踏んできたのでお返しに脛を強めに蹴る。「い゙っ!!?」とやつが小さく悲鳴をあげたのをきっかけにおばさんがとうとう笑い声をあげて、ゴールドがうっすらと涙を浮かべた目を丸くした。俺は黙ってかごの中の物をビニールに移し変える作業に徹することにした。



冬の夜。しかも料理がそこまで得意と言うわけでもない男二人が作るものといえば、やはり鍋が最も適しているという結論に至って買い物に出たはいいが、少し欲張りすぎたらしい。ゴールドの自宅に帰って野菜がごろごろ入っているビニール袋を開いてみれば、おそらく二人では食べきれないであろう量の食材が顔を出す。人様のお金を使いすぎてしまったという罪悪感が多少はあったものの、ゴールドは全く気にしていないようなので良しとしよう。

「あー、つっかれたー。もう動きたくねえ」
「飯抜きでもいいのかお前」
「シルバーちゃんが作ってくれりゃ万事解決なんだけどな」
「最初からそのつもりだから少しは手伝え」
「へへっ。下ごしらえが終わったら後はやってやるよ」

二人だと広すぎるリビングに設置された、真新しい炬燵の中にゴールドが潜り込む。最近購入したばかりだと自慢気にこいつが話していたのは記憶に新しい。なるほど。ホットカーペットを下に敷いた簡易式の物であるが、それの質が上等であることは見てとれた。
一人ぬくぬくと炬燵に居座るとは何様だ、と言おうと思ったが、この場において明らかに自分の方が弱い立場にあると気づいて、やめた。寒空の中スーパーまで歩いて体が冷えきっているのは同じ条件だが、しかし招かれている身である俺がゴールドに指図するのもおかしな話だ。「台所借りるぞ。」と一言残して、買ってきた野菜を適当な大きさに切る作業に入る。まず取り出した白菜を洗い始める、その時にゴールドがのそりと、気だるげに炬燵から這い出てきた。暖房のスイッチをオンにし、(節電という言葉を知らないだろうか、こいつは。)のろのろと俺の背後へと回ったゴールドは、やはり気だるげに欠伸を漏らすばかりだ。

「……何だ。動きたくないんじゃなかったのか」
「でもお前さ、土鍋どこにあるかわかんねえだろ?」
「口で説明すればいいだけの話だ」
「そっちの方がよっぽどめんどくせえ」

下の棚から見るからに重たそうな土鍋を「よっこらせっと!」と歳不相応なかけ声と共に持ち上げ、ゴールドはそれをまな板の隣に静かに置いた。邪魔だ。無言で睨めば「おー怖ェ怖ェ、シルバーちゃん眉間の皺取れなくなっても知らねえからなー。」とゴールド。それはこちらの台詞だ。

「で、シル公。そこどけよ。代われ」
「は?」
「野菜は俺が洗うから、お前切って鍋の支度してくんね。あ、昆布そこの戸棚の中な」
「かまわないが、いいのか」
「何がだよ」
「……気まぐれなやつだ。お前の行動は一々筋が通っていない」
「はっ!いいんだよ。お客サマのシルバーちゃんは黙って俺の言うこと聞きやがれ」
「ふん」

ボイラーをつけていない今、蛇口から出てくる冷たい水に惜しみ無く手を曝すこの男の考えていることがわからないほど、俺は鈍くはない。(まったく、ほとほと呆れた。)隣で「そういやぁ今日テレビで……」と下らないことを陽気に話し始めたゴールドを一瞥し、それから相槌を打ちつつ包丁を手に取った。うまく言葉に形容できないが、満たされた夜だと俺は不覚にも感じてしまった。



鍋は楽で良い。炬燵で暖を取りつつ、すでにつつき終えた鍋の残り汁にそばを入れ、ガスコンロに火をかける。すでに時刻は23時を回って暫く経っており、たまたまつけていたバラエティでもカウントダウンがどうのこうのという話になり始めている。正直日付が、そして年が明けるというだけでこうも盛大に祝うのは、俺としてはあまりピンとこない。だが隣に座って頬杖をつきながら四角い画面を呆けて見つめるゴールドを見ていたら、そんなことはどうでもよくなってしまった。

「ほら、出来たぞ」

いい具合に煮えたそばを奴の碗についで手渡せば、ごく自然な流れで「おう、サンキュー。」とゴールドもそれを受けとり、麺を音を立てて啜り始める。喧しいとも思ったが、こんなところで品など気にしても仕方がないので、俺も奴と同じように食べ進めることにした。

「ん、うめえな」
「ああ」
「そういやぁさあ、シル公」
「なんだ」
「お前去年初詣行ったか?」
「……いや。行ったこと自体ないな。行きたいとも思わん」
「そうかい。人混み嫌いだもんな、お前」
「毎年行ってるのか」
「俺?いんや、すげえ小さいころに行ったっきりかな。もうほとんど憶えてねえや」
「そうか」
「……なあ。食い終わったら行かねえ?初詣」

何気なく紡がれたその言葉が、やけに部屋によく響いた。同じくこの空間を満たす、テレビから聞こえるタレントのコメントや笑い声も一切頭には入らなくて、ただ、俺はゴールドを見つめた。奴も俺から目を逸らさなかった。
そうしたら、なんだか笑いが込み上げてきて。それはゴールドも同じだったらしく、二人して同時に「ふ、」と微笑をこぼした。遠くから途切れ途切れに除夜の鐘が鳴っているのが聞こえる。ああ、今年が終わるのか。早かったな。そう考えたらようやくそういう実感が沸いてきて、そんな日にこのバカの笑顔を見ていることに幸せを感じている自分に、ひどく気恥ずかしくなって箸を置いた。

「食わねえのかよ?」
「あとでいい」

変なやつ。麺伸びたらまずくなるぜ、とずるずる音をたて、口に含んだ麺を咀嚼しながらゴールドが言った。汚い。第一言われなくてもそんなことはわかっている。
「ごちそーさんでした。」と汁まで飲み干して碗を机に置いたゴールドを横目で一瞥し、俺はテレビの電源を落とした。文句の一つでも飛んでくるかと思ったが、ゴールドはただ満足げに腹を擦るばかりだった。どうもこの男も、俺の考えていることはお見通しらしい。食えないやつだ。だがそれもお互い様だった。

「お前は日付が変わる瞬間にジャンプしたいと言い出すような奴だと思っていたんだがな」
「そりゃ検討違いだったな。ざーんねーんでーした」
「あと一分」
「うっわはっえぇ!時間の流れって怖ェな」

けらけらとゴールドが笑う。その肩を掴んで、体ごと奴を引き寄せた。互いの息がかかるほどの至近距離で、俺は奴の瞳の中に一抹の期待の色が浮かんでいることに気づく。なるほど、やはりゴールドは食えないやつだ。
この世界はひどく生きづらい。だが、ひどく生きづらいこの世界で、どうしても俺はこいつを愛したいらしかった。穏やかな死はすでに始まっている。

「あと三十秒」
「んで、最後に俺に言いてえことは?」
「ふん。……嫌気が差すほど愛している」
「はっ!最高。俺もだぜシルバーちゃ―――」

その先の言葉は俺が飲み込んだ。気づけば除夜の鐘の音は聞こえなくなっていて、代わりに沈黙したこの部屋を満たしているのは俺とゴールドの息遣いだけだ。奴の背中を掻き抱いて深く深く口づけながら俺は、人が減ってきた頃を見計らってこいつと初詣に行こうと思案していた。それでもきっと大勢の人で賑わっているに違いないから、決してはぐれないように指を絡めて手を繋いでおこう。それなら見失わない。誰にも、奪わせない。
今年最後の、そして新年最初のキスは鍋のダシの味がした。バカバカしいくらい、いっそ笑ってしまいたくなるほど品が無くて下劣で、最高に甘美な口づけだった。



∴この恋に名前はいらない

新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。
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