「ほんっとお前らお似合いだよな。かなわねえよ」

けらけらと、いつもの調子でそう言ってのけたゴールドさんの何気ない一言に、サファイアがぴくりと肩を震わせた。それはひどく小さな、あまりにも些細な一瞬のことで、きっとゴールドさんは気づいていない。気づかないままでいてほしいと思ったのは、彼女だけではなく僕もだった。この人は、何も知らなくていいんだ。

「冗談はやめてください、ゴールドさん」
「冗談じゃねーっつうの!つーか。今の言い方、野生児ギャルにも相当失礼だぜ?」
「そんな呼び方するゴールドさんにも言われたくなか!」
「ああん?いいじゃねぇか野生児ギャル!的確に特徴を捉えた素晴らしい呼び名だろうがよ」
「それは異議なしですけど」
「ルビーッ!」
「はははははっ!」

ゴールドさんは無垢で、それこそ本当に、地球の汚い所なんてひとつも知らないんじゃないかって思うほど屈託なく笑うから、僕も乾いた苦笑を返すしかない。どんなに綺麗な場所だって、訪れてみたらゴミだらけだ。いかりのみずうみもよく見てみたら、人が考えなしに捨てた廃棄物がたくさん沈んでいる。この人は、きっと何も知らない。そう感じさせる笑顔。
(いいや、きっとゴールドさんは世界の汚れに気づいてる。気づいていながら、こんなにも純粋に笑うことができる。だから僕は、僕たちは、)
優しくありたいと思うほど低瞑に退化していくのが人だ。たゆたう意識を切り離せば微かな罪悪感だけがぐるぐる廻る。僕とサファイアはそれを知っていた。届かない愛なんてはじめから存在さえしなければよかったんだ。掻き混ぜたゴールドさんの声と、その表情と、そんな彼を切望する僕と彼女の声にならない言の葉に目眩がして、瞼を伏せる。いっそ誰か水底に突き落としてくれたらよかった。それが叶わないから届かない恋なんだ。

「……ゴールドさんは、」
「あん?」
「…いえ。なんでもありません」
「はァ?なんだよ、男ならハッキリ物言いやがれ!」
「ルビーが男らしくないのはいつものこととよゴールドさん」
「ちょっと!どういう意味なの、それ」
「そのままの意味ったい!べーっだ!」
「痴話喧嘩なら向こうでやれや、独り身の俺に自慢たァいい度胸だなてめえら!」
「痴話喧嘩じゃなか!」

サファイアが掴みかかって、それにゴールドさんが応戦して、それを笑って傍観する僕。これが一番いい関係性。大丈夫、僕たち、ちゃんと笑えてるよ。

「…げっ!そういやクリスに呼ばれてんだった!」
「クリスタルさんに?」
「あ!もしかしてデート!?何ねゴールドさん、独り身って嘘やったと!?」
「バーカ!あんなクソ真面目学級委員と甘酸っぱい青春送るわけねえだろうが。パシリだパシリ!くっそぉ…あいつ…っ!」
「恋人飛び越えて夫婦みたいやね!」
「Nice!これぞまさに尻に敷かれる夫ってやつさ」
「ちげえよ!なに勘違いしてんだ!あー付き合ってらんねー……んじゃあまたな。連絡すっから、また集まろうぜ!」

にっ、ととびっきりの笑顔で僕たちに手を振って、くるりと背を向けて駆けていってしまったゴールドさん。その背中に僕たちも、また会いましょうと投げかける。(また会いましょう。それはなんて、なんて残酷な。)彼の背中が見えなくなった、その時になんとなく叫んでみたくなった。そう、腹の底から感情を押し出すように。そんな醜い真似、絶対にしないけどね。
きっといつかは、彼は彼だけのものじゃなくなる。クリスタルさんやイエローさん、もしかしたらシルバーさん、なんてね。大人になるにつれて、ゴールドさんは上手な生き方を覚えていく。誰かに愛される自覚を持つ。誰かを、きっと好きになる。だからどうか、彼が無知な今だけは、ゴールドさんを想い続けていたいと、そう思うんだ。

「ねえ、ルビー」

同じように彼の背中を見送っていたサファイアが、無表情に僕を見つめた。虚空を切り裂く、その視線は僕を捉えてはいなかった。

「あたし、」
「うん」
「ルビーのこと好いとうよ」
「うん」
「恋人になりたいって、思うくらい、好きったい」
「僕もだよ、サファイア」

言葉が空間を支配する、今この瞬間僕たちはそこに自由を見いだした。だって僕たちは理不尽と矛盾の塊だ。今日も呼吸を繰り返す。僕たちは愛に生きている。
サファイアの細い腕が伸びて、僕の手のひらに触れて、そっと指を絡めた。僕も同じように彼女の手を握り返す。ぎゅっとお互い手を取り合って、優しく慈しむように哀しみを包む。そこには確かな心があった。

「好きだよサファイア」
「あたしもったい」
「僕たち、きっと幸せになれるだろうね」
「でも、でもね、ルビー、」
「その先は言ったらダメ」

ぬかるんだ幸せに片足を突っ込んで、そうして徐々に沈んでいきながら明日を模索する。いつだって僕たちは理由を探して呼吸をしている。
ねえ、ゴールドさん。僕たち、愛してましたよ。貴方のことを、全身で愛してました。(過去の話と割り切れるほど、僕らはまだ大人じゃないけれど。)
サファイアの蒼い瞳から宝石のような雫が、いつまでも止まることなく流れ落ちる。僕がそれを拭ってあげられないからだった。



∴恋より幼い愛でした
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