ぽちゃんと音がした。天井から落ちる水滴が真下で弾けて、しかしそれだけでは流れることもできずに、ただ風呂場の足元を濡らしている。浴槽からもくもくとたった湯煙も、空気に熱を奪われて雫になって壁を伝うばかりだ。
浴槽に張った熱めの湯を両の手のひらで掬って顔にパシャリ、と押し当てる。そのまま二三度顔を洗って、はあと息を吐けば、湯煙に隠れて二酸化炭素が天井に上っていく。換気扇に吸い込まれる静かにその様を、俺はぼんやりと見ていた。

「なに考えてんだ?」

俺と向かい合うように浴槽に入っているゴールドが、顎まで湯に浸かったまま呟いた。自慢の前髪が垂れて湯面に疎らに浮いている。たゆたうその髪を左腕で俺がかき上げてやれば、擽ったそうに右目を閉じて体を引く。気恥ずかしいらしい。一緒にいるうちにこいつの些細な心情の機微に鋭くなってしまった。もっともそれは、きっとお互い様だった。
「なんでもない。」とそつない返事をすれば、あからさまに不機嫌そうにむす、と眉間に皺を寄せる、この男の単純さにはほとほとため息が出る。

「お前は何と言ってほしかったんだ」
「ゴールドのことを考えていた……みてえな?」
「逆上せたのかお前」
「そうかもしんねえな」
「早く上がれ」
「わーってらぁ」

今度はゴールドがため息をついた。同じように吐息が上へと昇って、あの換気扇の中で俺の吐いた二酸化炭素と掻き回され野外へと押し出されるのか、なんて。ふと考えて、腰を上げようとしていたゴールドの腕を掴む。
目を丸くしたゴールドと、目があった。なんだその顔は。バツが悪くなって、けれど「いや、やっぱりなんでもない。」なんて言ってもこいつは納得しないだろう。離すのが惜しい、とは思っていない。断じてだ。

「うぉっ!」

言葉を発する暇も与えずその腕を強く引いた。ゴールドの体は派手に前のめりに倒れ、ばしゃんと水飛沫が飛び散る。俺の顔にもかかったが、自業自得なので気には止めない。俺の腕の中にすっぽり収まったゴールドの髪を気まぐれに弄ってみる。その指先が自分でもわかるほどに奴をいとおしんでいるようで頭痛がした。ゆらゆらと波打つお湯が熱い。いや、熱いのは俺たちの方だ。

「……何してんのシルバー」
「わからん」
「逆上せたのかよ?」
「そうかもしれない」

先ほどまでゴールドがいた、今はもうスペースのあいたそこに脚を伸ばした。この体勢だと男二人同じ浴槽に入っていても充分な広さに感じる。もっとも、ゴールドの邸宅の風呂は実際一般的なものよりは広く開放的なのかもしれないが。しかしゴールドも抵抗しないあたり、満更でもないのだろうと自己完結させておこう。

「じゃあ早く上がれば?」
「俺は長風呂なんだ」
「女かよ」

ゴールドがくつくつと笑うたびに水面が揺れる。日にあまり焼けていない肩から背中にかけての肌が、入浴剤が溶けて淡い乳白色の湯に映えて見える。綺麗だなんて思いはしない。ただの人肌だ。ただ無性に愛しかった。それだけだった。
やつの艶々しい黒髪を弄るのを止めて、濡れた指先で同じように濡れた顔の輪郭をなぞる。厭らしくゴールドの口角が上がった。視線が交差する。上気しきった頬を撫でれば、ゴールドは「お前そうすんの好きだよな。」とまた笑って、俺の前に垂れた髪を掬って、口づけた。一層湯の温度が熱くなった気がした。(バカなやつだ。お前が、触れられたら嬉しそうにするから、俺は、)

「上がらないでいいのかゴールド。本当に逆上せるぞ」
「もうおせぇよ。すげえクラクラする」
「これだからお前は面倒なんだ」
「そりゃあ悪かったな。面倒ついでに人工呼吸してやってくんね?酸素ほしー」
「それこそ本当に酸欠になるだろう」
「そん時はシルバーちゃん、介抱よろしく」

ふざけるな。頭ではそう思っているのに、俺の体は勝手に動いていて、いつの間にかゴールドの唇を塞いでいた。脳の指令を肉体が受理しないということはすでに俺もこの熱にやられているということだ。ふざけるな。腹いせに息継ぎも出来ないように深くキスしてやったが、動けても動けなくなっても結局俺が面倒見るのだから一緒だから、問題ない。
天井から水滴が落ちて、波紋を描く。俺たちを中心に水面が揺れて、波打って、激しく波打って、ああこれはまるで、俺たちの心臓みたいじゃないか。



∴浴槽におやすみ
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