与えられる愛に不慣れだという自覚はあった。無償に愛してもらうなんて、本の中だけのことだと諦めていた。誰かを恋い焦がれる気持ちなんて抱くことはないと思っていた。そうやって俺は、生きてきた。

それが今はどうだ。
夜。ヨシノタウン付近に構えた俺の隠れ家の前でふんぞり返り、俺が中に招き入れることを前提として堂々と仁王立ちしているゴールドを、かつての俺ならば突き飛ばして、虫の居所が悪ければさらにこいつを傷つける言葉を吐き捨てていたに違いない。そうして自分を守ってきた。裏切られる前に裏切って、信じる前に突き放して。俺が追いかける存在、そして俺を追いかけるその全てが嫌悪の対象だったから。
そうだった、はずなのに。

「……何をしている」
「見りゃわかんだろ?自分の誕生日がクリスマスでありながらかわいいギャルと聖なる夜を満喫するっつー予定の入ってねえかわいそうなシルバーちゃんのために俺様が……」
「帰れ」
「やなこった」

にやりと笑ったゴールドは手に持っていた、箱が入ったビニール袋を俺の胸に乱暴に押し付けた。おそらく中にあるのはケーキの類いなのだろうが、ぐちゃりと響いた音が箱の中で大惨事がたった今起きたことを示している。勿体ない。そして仮にも俺への差し入れであるなら丁寧に扱うべきだ。もう食べる気がしないだろう。言いたいことは山程浮かんだが、結局俺の口からはため息しか漏れなかった。俺も随分と丸くなったものだ。

「……用件はこれだけか」
「おいおい!それがせっかくテメエを探してジョウト中飛び回ったダチ公に言う台詞かよ?」

まずお前を友人だと思ったことはない。そう言おうとして、やめる。代わりにやはりため息を一つこぼし、完全に居座るつもりでいるゴールドの脛を軽く蹴ってやった。「いっ!?」と突然の痛みによろけたその間抜けな様にふんと鼻を鳴らし、隠れ家の中にと戻った。扉は開けたまま、「鍵をかけてこいよ。」と言い残して。背後から「てめっ!いきなり何しやがんだ表に出やがれ!」とほざくバカの鳴き声が聞こえたがそんなものは無視だ。
部屋に入ってすぐにケーキの箱を置き、いつ買ったか覚えてもない珈琲のパックを手に取る。まだ飲めるか、そう判断して二つマグカップに入れた。必要なものが全て揃ってるわけではないが、今までの生活の大半を隠れ家で過ごしてきたのだから、多少の衣食住に関わるものは揃っている。このカップはいつ揃えたものだったか、なんて記憶を辿りながら、俺は湯を沸かす準備を始めた。と、同時にドタドタと無遠慮に入ってきたゴールドの「この野郎!」という怒鳴り声。まったく、

「うるさいやつだ」
「誰がうるさくさせてんだよシルバー!」
「お前が勝手に吠えてるだけだろうが」
「いやいや先に蹴ったのお前だから!これ普通の反応だろっ!」
「知らん。わめくな」

一度作業を中断して振り返れば、あからさまに不機嫌そうな奴の表情に、なんとなく可笑しさが込み上げた。俺が笑ったことに驚いたのか、ゴールドは目を丸くして今度は口を間抜けに半分開いている。そのあまりのアホづらに声を殺しきれず「ふ、」と漏らせば、俺の思考を読み取ったゴールドがまた眉間にしわを寄せて。表情に富んでいるというか、何と言うか。飽きないやつだ、と思うと同時に、なんとなく別の感情が胸を渦巻いたのがわかった。(この気持ち、は、)
ゴールドは妙に気のつくやつだ。俺の心の動きの機微を感じ取ったのか、それとも全く別の理由か。奴は新しい悪戯を試そうとしている子供のように口角を吊り上げて無邪気な、しかし何かを含ませた笑みを浮かべた。と、俺が置いたケーキの箱を袋から取りだし、おもむろに開け始める。文句はないが、それは俺にと持ってきたものじゃないのか、と純粋に疑問に思った。中から出てきたのはやはり残念に潰れてしまった生クリームだらけのショートケーキが、二つ。やっぱりな、と残念に思うわけでもなく、そのケーキを作った職人に同情した。それほどまでにひどい崩れ方だった。きっとここに到着するまでに何度も振り回したり落としたりしたに違いない。

「ひどいな」
「味は変わんねえよ」
「人へのプレゼントにそんなものを渡すとは、俺じゃなかったら確実に喧嘩の火種になっていたぞ」
「プレゼントだぁ?これが?はっ……笑わせんな」
「は?」

違うのか、と聞く声は途中で飲み込んだ。ゴールドは何を思ったか、崩れたケーキを鷲掴みにすると己の首筋にべっとりとそれを押し付けたのだ。生クリームが疎らに付着した首筋を俺に見せつけ、そしてゴールドは手についたその白を舌で舐めとり始める。それはもう、妖艶な姿だった。

「クリスマスプレゼント兼誕生日プレゼントは俺様と過ごす性なる夜とかどうよ?」

きっと。きっと今の俺は先ほどのゴールドと同じような、呆気にとられた表情をしているのだろう。バカだバカだとは思っていたが、まさかここまでバカだったとは。(それはお互い様かもしれないから、口には出さないでおこうと思う。)ケーキの欠片が床にボタリと落ちる。それを合図にゴールドは俺の方へと足を進めた。限りなく近づいて俺を見つめたその目はすでに期待に満ちている。そっちがそういうつもりなら、いいだろう。俺だって男だ。

「後悔するなよ」
「誰がするか」
「……自惚れるぞ」
「いいんじゃね。どうだ?お前だけに贈るとびっきりのプレゼントは」
「最高に悪趣味だが悪くはないな」
「だろぉ?」

得意気に笑うゴールドを引き寄せて、その唇を奪う。砂糖の甘ったるい味がした。甘味は好きではないが、この方法でなら頂けそうだと、そう一瞬でも考えてしまった俺はゴールドに盲目なのだろうか。
それもまたいいかもしれない。同じように、ゴールドが考えていてくれたらと切に願うばかりだ。

与えられる愛に怯え、無償に愛してもらうことを恐れ、誰かを恋い焦がれることを諦めた。少なくともそれは、ゴールドに出逢うまでの俺だった。地球が丸いことを知らなかった、ひたすら端を探し続けていたいつかの俺。(さようなら、)悲しみは哀しみだけで覆われるものじゃないと、気づいた、俺はもう一人で泣くことはない。



∴ハローこれが今の私
ハッピーバースデーシルバーさん大好きです
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -