つまらないことでゴールドと喧嘩をした。きっかけは本当に些細なことで、もはやどちらからけしかけたのかも覚えていない。取るに足らないいつもの口論がいつしか発展して、気づけば罵声が飛び交い、口から出る言葉はどれもこれもあいつを傷つけた。お互いになのだからそれを今さらどうこう言っても仕方がない、が。

「……」
「……」

互いに無言のまま時間だけが過ぎていく。沈黙が空気を支配し、静寂だけが俺たちの間を取り持っている。居心地が悪い。それもそうだ。ここはゴールドの自室であり、この空間の所有者であるアイツとの空気が最悪な今、俺は余所者以外の何でもない。
これならいっそ帰った方がマシかもしれない。時間がすべてを解決するだろう。なに、いつものことだ。この流れは今に始まったことじゃない。(大抵の場合はどちらも謝らずに自然と話せるようになる。)
ゴールドに会ったのは二週間ぶりだった。そうお互い頻繁に連絡を取り合う性分でもない。だから一度連絡を断つと、とことん会えず話せずの時が続くのだ。がらじゃないが、俺が今日を楽しみにしていたと知ったら、ゴールドの機嫌は直るだろうかなんて一瞬ちらりと考えた。アイツは、どうなのだろう。

「…帰るぞ、ゴールド」
「………」
「……またな」

会話の術がないならばどうしようもない。俺は苛立ちよりも呆れの方が強くて、(この場合ゴールドに対してのという意味も含まれるが、一番は自身に対してだ、と、思う。)深いため息をついた。頭を冷やそう。
膝に手をついて立ち上がり、「邪魔したな。」とドアノブに手をかけた。ゴールドはベッドの中に潜り込んだまま、
その瞬間、無機質な機械音が部屋に響き渡った。ポケギアの着信だ。

「!」

鳴っていたのは俺のポケギアで、そこに表示されていたのはゴールドの名前で。思わず振り替えるが、頭から布団を被ったアイツは微動だにしないまま、俺からの応答を待っている。
(…何を考えてるんだか。)
まあいい、と俺はゴールドの自室を出て、そのドアの向こうでポケギアをとった。壁一枚越しの会話。はたから見たら何て滑稽な光景だろう。

『……む』
『シルバー』
『なんだ』
『ちょいと相談があんだけどよ、聞いてくんねえ?』
『……話せ』

相談、とは。今しがた派手に喧嘩をした相手に何を。まったくゴールドの真意が読めず、俺は内心首を傾げながらも一応の返事をしておく。下手に刺激すればまた会話もままならない状況に陥るだろう。それは俺としても回避したかった。ポケギア越しのあいつの声はいつもと同じようで、しかし微かに掠れていることには触れないでおこう。

『俺に恋人がいること知ってるよな?』
『……………は?』
『そんでそいつと喧嘩しちまった。たぶん俺が悪ィ』
『……』
『すっげえくだらねえことで言い合いになって、二週間ぶりに会ったってのに、そいつにすげえ嫌な思いさせちまった』
『……ゴールド』
『なあシルバーちゃんよォ、……謝りに行きてえんだけど、許してくれっかな、』

そう言うとゴールドはそれっきり口を開かず、ただ黙って俺の言葉を待っている。とんだ相談事だ。厄介なことにポケギア越しではゴールドの表情がわからないうえに、声の震えも正確にはわからない。部屋を出るんじゃなかったと後悔した。
(俺も、)
悪かった、と頭に浮かんで、けれど口には出さずにただため息をひとつ。代わりに天の邪鬼め、と呟こうとしたが、それもギリギリのところで思い止まった。いつもは決して折れることのない『恋人』が見せた僅かな甘えを、俺が突っぱねてしまっては意味がない。

『きっと、』

ゴールドがひゅっ、と息を呑んだのが聞こえた。(ああ、なんてバカなやつ。)

『きっと、お前の恋人も、同じように謝りたいと思っているはずだ』

バン、と大きな音が背後で響いて、振り返る間もなく背中から抱きつかれた。がっちりと俺の体躯をその腕で抱きしめるゴールドの、早鐘のように波打つ心臓の鼓動が伝わる。こんなにも、近い。ずっとドアの前で待っていたのかと考えて、なんとなく笑いが込み上げた。どこまでも不器用な男だ。最後にもうひとつ息をついて、「ドアくらい静かに開けろ。それといい加減離せ、動けない」と言えば「うっせー知るかよどーでもいい」と可愛くない返事が返ってきた。これだからこいつは救いようがない。

「この体勢だとキスが出来ないだろう」

言うが速いか動くが速いか。投げ掛けた言葉と同時に振り返って、目を丸くするゴールドを壁に強く押し付けて唇を塞いでやった。とことん不器用だったのは、その実こいつだけではなかったらしい。



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