愛せるのかと、問われればきっと、即答はできないだろう。
ゴールドは少し、いや、かなり変わっている。オブラートをぶち破いて言えば変人、むしろ奇人だ。けれど嫌いではない。ただ、要するにそう、言動が理解不能なだけで、けれど全て引っ括めて愛せと言われれば俺はきっと無理だと答える。

「というわけだ」
「俺シルバーに変人奇人って言われると思わなかった」

でもそれもいいぜ、にこやかに言い放つそいつに辟易、思わず閉口。大概にしろ、このマゾヒスト。言ってしまえば余計に興奮しそうなので重苦しい溜め息を吐き出すことで我慢。にやけるなクソビッチ。

「…で、結局何が言いてぇの?わかりやすく簡潔に」

あくまで楽しげに、どこまでも可笑しく歌うように問うゴールド。わかっているだろうに、何故わざわざ聞き直すのか。流石にこんなことまでマゾだ変態だと言って茶化すことはできない、こいつにもそんな気は更々ないだろう。
だから理解できない、だから、愛せない。

「お前とは、付き合えない」

翼を切り落とすように、足をもぎ取るように鈍器を投げつけた。静寂が地に落ちる。そこで初めて、窓の外で滴が凶器となって窓を激しく叩いていることに気が付く。誰かが、泣いているのだろうか。俺が、それともゴールドが求めた代理、なのだろうか。耳鳴りがする程の痛い沈黙の中、ゴールドは確かに笑っていた。ああ、俺も大概だ。
(そうであればよかったのに、だなんて)



愛とはそもそも何なのだろう。一般的概念だけなら知識として俺も知ってはいる。だがその、明確な在り方と云うものを、俺は知らない。知っているはずもない。かつて与えられていた愛情に似て非なるものは、俺という『個』に向けられたものではなかった。皮肉なものだ。誰よりも貪欲に愛に餓え、枯渇するほどに求めていたのは俺だったはずなのに。
一人、毛布を頭まで被って、ふとゴールドのことを思い出した。俺は無神論者だが、そういったこととは無関係に、世界から絶対的に愛される者というのはきっと存在する。対極に在る俺たちの間に、おそらく恋なんて生温いものは生まれ得るはずもなくて。
(そうだ、例えば一本の細い細い糸。俺たちを結ぶものは限りなく儚くて脆い。)
ゴールドの、最後に浮かべた勝ち気な笑みが脳裏を過って、これだからアイツと関わるとろくなことにならないんだと盛大なため息を一つ溢す。この口からたった今吐き出された息を哀愁と呼ぶならば、やはりそこには恋慕などなくて、だがしかし一瞬の空虚の中に嫌悪感さえ見いださなかった、俺の思考はだいぶ混乱しているらしい。

「ゴールド、」

名を、そっと呟いた。反響することなく俺の言葉は毛布越しに外界の空間へと拡散し、再び静寂が訪れる。ああ、温かい。今夜もまたひとり母の羊水に還り、生まれる前の夢を見るのだろう。
(最初から浅はかだったのは、実はあいつではなくて、)
そこまで考えて、片腕で両目を覆い隠した。意識を闇が支配する中、遠くで雨の音を聞く。あの日の雨の音だ。鼓膜を震わせたあの叩き付けるような激しい音は、まるで俺を責め立てるかのように、繰り返される。
この雨が止むときに、俺は愛とは何なのかを見つけることができるのかもしれないと根拠もなくそう思った。



『お前とは、付き合えない』

記憶の中に残る声が頭の中で響いた。身体は眠っているが精神は起きている、曖昧なまどろみの中で夢の出来事のように思えるその言葉はより現実味を持って否応なく意識をあの日に引き戻す。窓を叩く雨音はいまだやまない。雨は、嫌いだ。
失恋した、と言うのは間違いである気がする。告白した結果返事があれでは世間一般的にはその言い方で合っているかもしれないが、そもそも恋を失うと書いて失恋。初めから存在しない恋をどうやって失えと言うのか。自身がシルバーへ抱いていた感情はそんなものではないと断言できる。抱いていた、という言葉にも訂正を加えなければならない。抱いている。もし便宜上この気持ちを恋だと名付けるとしても、それは失われていない。はっきりと拒否されれば諦めがつくかとも考え、事実あの瞬間は安堵さえ覚えたはず、なのだが。あの後何を言って別れたのかも覚えていない。
我ながら女々しくて嫌になる。たとえ女でもあそこまできっぱりと言われれば多少傷ついて枕を濡らそうとも徐々に立ち直り乗り越えていくものではないのか。だが理解不能、と言われた通り、自分でさえ自分が分からない。人の心って複雑、と嘯いてみるにしても。
金輪際会わないというわけにはいかないだろう。出会う機会は少なくない。その時、自分はどういう行動をとればいいのか。答えは至極単純だ。何事も無かったことにしてしまえばいい。『ダチ公』と呼びかけてそのように振る舞えば。きっと自分は自分でなくなるだろうけれども。もうすぐ夜が明ける。厚い雲に覆われた空は泣いたままだ。だから雨は嫌いなんだ、意味も無く呟いた言葉はやはり意味も無く誰にも届かない。
(ああ、いっそ軽蔑した目で、最大の嫌悪を投げつけられていたら)
(それでも俺は変わらなかった)



何もかも吐露すれば、もしくは圧迫して水分を抜き取れば、それとも塊ごと引き寄せたら。そうすれば光が星が太陽が照らしてくれるかもしれない。悲愴な欠片を吸収しているあの雲は――そう思考がさ迷い、自嘲気味に笑った。甘い微睡みから抜け切れないままだ。
夢みたいな、なんて物語は一欠片の興味は湧かない。昔も今もそれは均等で歪む事は無い。綺麗事でこれを片付けるには混沌とし過ぎだ。当てはまるモノが存在するか定かではないけれど当てはまらないで欲しいと願うオレは滑稽だろうか。
じわじわと肌を圧迫する湿気の含む空気が苦手だ。じくじくと刻んだ傷に染み込む、この空気が。窓の外を睨むと自身の底辺が笑った気がした。……悪足掻きくらいはできるだろう?望まない関係性を保とうと決意したのにそれが蟠りの欠片となって貯蓄されていく。相変わらず月が見える事は無かった。



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