「好きなんだけど」
そう告げられた時は、それが何に対する好きなのかなんて、僕にはまったくわからなかった。理解できるはずもなかった。



母さんと旅行がてら、昔住んでいたジョウト地方にまで足を運んだ。もうホウエンに移り住んで数年経つんだなって考えたら何だか感慨深くって、昔よくNANA達を連れて来ていたアルフの遺跡を一人で散策していて。そこで僕はゴールドさんに偶然出会ったんだ。確かこの人の出身はワカバタウン。成程そう離れた場所じゃない。きっと彼も暇潰し程度に訪れたのだろう。互いに「あ。」って目を丸くして、ぽかんと口を開ける。先に動いたのは、先輩の方だった。

「よっ!おしゃれ小僧!」

こんなところで何してんだよ、と気さくな笑顔で僕の側に駆け寄ってきたゴールドさんに、「その呼び方はどうにかしてほしいですゴールドさん。」と苦笑いした。

「お久しぶりです」
「おう!へえ、ちょっと背ェ伸びたんじゃねえの?」
「成長期ですからね。ゴールドさんこそ」
「まーな。へへっ!元気そうじゃねえのお前っ!」
「ゴールドさんも相変わらずというか…」
「あれ?そういやぁなんでお前ジョウトにいるんだ?ナンパか?」
「しません!だいたいナンパのために海を渡る人なんてそうはいませんよ」
「ははは!だよなー」

半年ぶりの再会だと言うのにそうは感じさせないゴールドさんの、この笑顔は彼の魅力の一つだとぼんやり思った。向こうに帰ってからサファイアとエメラルドに『ゴールドさんに会ったよ。』って言ったら、きっと二人は羨ましがるに違いない。僕も、彼女達も純粋に、ゴールドさんの人柄は好きだった。不良みたいな所もあるけど、それもまたゴールドさんの個性で彼らしいと思うし、やっぱり図鑑所有者の先輩だ。バトルフロンティアでの出来事以降は尊敬してる、とまで言っていいかはわからないけど、小さな憧れは抱くようになった。この人の真っ直ぐな性格は、美しいとも思う。

「ちょっとした家族旅行です。今は一人ですが、夕暮れにはホテルに帰らないと」
「へえ!なるほどなー。んじゃ今は時間あんだろ?」
「ええ、一応」
「なら適当にぶらぶらしようぜ。積もる話もあるしよ」
「勿論です。ゴールドさんと二人でゆっくりお話しするの、久しぶりですね」
「あー…そうだったな。そもそも俺らあんまり会わねえし」

ゴールドさんと二人きりになったのは、今日を含めてまだ数える程度だ。よくよく考えてみれば、僕はゴールドさんのことをあまりよく知らない。(それはもちろんシルバーさん達と比較して考えるのはお門違いだとはわかっているけど。)知りたいとはっきり思うわけではないけど、自分以外の図鑑所有者への純粋な興味に、僕は揺り動かされていた。
遺跡をぶらりと歩いて、エンジュへと続く細道の途中に設置されていたベンチに腰掛けた。色々な話をしたし、聞いた。とりとめのない小さな話から、お互いが過去に経験した冒険記まで、大雑把にではあるけどゴールドさんとのおしゃべりは本当に厭きなかった。(口は悪いし、使う言葉も美しくはないけれど。)

「お前らも色々大変だったみてえだなー」

けらけら笑いながら僕の隣にどすんと、さながら尻餅をつくかのように腰を下ろしたゴールドさんに苦笑いして、リュックの中から水筒を取り出す。少し口に含んでゴールドさんに「どうぞ。」って手渡したら「これ間接ちゅーじゃね?」って陽気に笑って見せた。キスではなくちゅーと言った辺り、この人はシニカルな一面もあるけれど幼い一面も持ち合わせているのかもしれない。

「なあなあおしゃれ小僧」
「だからルビーですってば」
「お前野生児ギャルのこと好きなのか?」
「は、」

少し、驚いた。思わずゴールドさんを見たら、いかにも興味津々って顔に出てて。この人も他人の恋愛事が気になったりするんだなと失礼なことを考えてしまった。

「……サファイアのことですよね。ノーコメントでお願いします」
「えー!なんだよそれ」
「そういう僕のプライベートな話はいくら先輩にでも話す必要性を感じませんね」
「まあ確かにそりゃそうだ」
「でしょう?」
「じゃあさ、俺と付き合わねえ?」
「…………はい?」
「好きなんだけど」
「……え」
「お前が」



ここで冒頭のゴールドさんの台詞に至る。『好きだ』って、流れからしてゴールドさんが僕のことを、あれ、ということは。

「ゴールドさん、ホモなんですか」

すごく失礼な問い方だ。口にしてから気がついた。けれどすでに混乱状態にある僕の頭では、きちんと丁寧に言葉を選ぶことが難しくなっている。だって彼は僕の先輩で、女顔ってわけでもないし、いや、まず正真正銘の男だ。落ち着け。
僕の発言を受けて一瞬ポカンと口をあけたゴールドさんは、次の瞬間「はははははは!!」と大声で笑い出した。なんだ。もしかしてからかわれていただけ?

「ホモっつうかバイだな。ギャルも大好きっつうか、裸見りゃ興奮して勃つしよ」
「たっ……下品な言葉を使わないでください!」
「おいおい、男としちゃ当然の反応だろ?」

おもむろにゴールドさんが立ち上がって、ベンチに座ったまま動けないでいる僕と向き合って、顔を近づけた。ゴールドさんの吐く息が耳にかかって、それがくすぐったい。待って。近い。
(本気、なのかな。ゴールドさん。)
偏見はないけれど僕は今まで男性をそういう対象として捉えたことはないし、何より僕には、あの子がいる。口にするのは憚れるけど、確かに僕は彼女を想っている。ゴールドさんが本気なら、僕も本気で返さないといけない。目の前まで接近した金色の奥に一点の影を見た。ゴールドさんは、こんな顔をするんだなって、ふと考えた。

「なあ、おしゃれ小僧」
「え」
「お前セックスしたことねえよな?その歳だし経験豊富って方が問題あるけどよ。なあ、興味あるよな?男だから仕方ねえよ。いつかお前が野生児ギャルと結婚とかするとして、お前それまで童貞のままでいるつもりか?え?初夜迎えた時に下手くそって言われたりするかもしんねえんだぜ?怖くね?つうかギャルとヤりゃもれなく妊娠の可能性つきだ。ガキまともに育てられる歳でもねえよ俺たち。つまりだ。セックスしたくねえの、お前」

目を真っ直ぐ見つめられて、一息に捲し立てられて、(捕食者と獲物みたいな、)金に射ぬかれた僕の紅は自分でもわかるくらい情けなく揺れるばかりだ。

「俺はシたい」
「……」

確かに、興味がないと言ったら嘘になる。僕だって男で、思春期で、それなりにそういうことが気になる年頃で、けれどサファイアにそういうことが出来るかと聞かれたら答えはノーだ。僕は純粋なあの子が、好きだ。ずっと想っていた、あの子の綺麗な心と体を僕が奪うなんて、そんな真似は決してしない。(少なくとも僕らが大人になるまでは。)
これを承諾することは社会的なモラルに反する。それは本当に美しくない行為だ。僕は美しくないことなんてしたくない、のに、どうして。ゴールドさんから目が離せない。彼の瞳に魅入ってしまった。惹き付けられてしまった。欲しいと、思わされてしまった。この瞬間、僕は僕に負けたんだ。
ため息をひとつ溢して、負けじとゴールドさんを強く強く、射ぬくように見つめ返す。彼の瞳はぶれない。(この人は僕が好きなのか、それとも単なる性欲の捌け口が欲しいのか。)なんて美しくない関係だろうと思う。ゴールドさんに対して今まで抱いていた小さな憧れは今の一瞬で泡となって消え去った。ああ、でも僕も人のことをとやかく言えないくらい、醜いのかもしれない。ゴールドさんの頭と背を無言で引き寄せたこの腕が、僕の疚しさを表している。

「……僕が貴方以外の誰かを想っていても、」
「かまわねえ。野生児ギャルにもバレねえようにする」
「…どうして僕を選んだんですか」
「お前のことが好きだから」
「嘘だ」
「ありゃ、バレたか。でもお前に損はねえだろ?いいじゃねえか、楽しく生きようぜ」
「……」

僕の背に手を回し肩に額を乗せて、「そんでいつ抱いてくれんの?」とゴールドさんが嬉しそうに言うものだから、ふとありえない錯覚に陥って、だけどそれを感じ取られたくなくて「お互い都合がつく日ならいつでも。」と素っ気なく返事をしておいた。「じゃあ連絡取り合おうな。」と、ゴールドさんが笑うものだから。
始まったばかりのこの、言葉にはしてはいけない関係には終わりが必ず来る。一週間後か、一年後か、わからないけれどいつの日か終わらせる時が訪れる。その時にゴールドさんが泣くようなことがあれば、いや、泣いてくれたならなんて。馬鹿みたいだ、と自嘲を含んだ苦笑いをこぼして空を仰いだ。雲一つない快晴がただ広がるばかりで、いたたまれない気持ちになった。



∴最期のはじまり
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