人はね、誰かを愛するために生まれてくるんですよ。だから私たちは何千年前のご先祖から、こうしてずーっと命が巡り巡っているんです。神秘的ですよね。そう、クリスさんは唄うように言った。彼女の唇から紡がれる柔らかな声はまるでピアノの音、いいや滑らかなフルートの音色そっくりだ。クリスさんは僕の声を鶯の囀りのようだと形容してくれたことがあるけど、それはどうかと思う。世界にある「綺麗」が全てパズルピースだとして、それを一つの形にしたなら、きっとそれはクリスさんだと思うんだ。僕はクリスタルさんが好きだった。

「愛するために、かぁ。いい言葉だと思います」
「まだ私たちには早いですけどね。子供ですし」
「でもいつかは、クリスさんにもきっといい人が見つかるんでしょうね」
「だといいんですけど」

くすくすと笑う彼女に、僕は微笑み返す。微笑むことしか、できない。僕には、何もできない、何も。
どうしてアダムとイヴは男と女なのか、なんて。聖職者でもない僕には宗教に対する興味も、ましてや信仰心なんて持ち合わせてはいないけれど。時々ふとクリスさんの笑顔を見ては考えることがあった。僕は僕だけど男の子じゃなくて女の子だ。クリスタルさんはいつか、女の子ではなく女性になる。キャタピーがバタフリーに進化するように、今は幼く可愛らしい子供でも大きくなれば、それはそれは華やかな雰囲気を纏うようになってしまう。そしてそれは僕も同じだ。

「大人になったらもう、こうして二人で散歩する時間も減っちゃうんだろうなあ」
「え…?そんなことないですよっ」
「いいえ。きっと」

だって僕は、貴女の側にずっといることはできない。二人でずっと、生きていくことはできない。

頭の上に疑問符を浮かべ首を傾げるクリスさんに、僕は苦笑しつつ手を差し出した。その、残念なことにクリスさんより一回り小さな僕の手を見て、彼女は花のように笑うから。僕の手を取り、嬉しそうに手を繋いでくれるから。ねえクリスさん、せめて子供のうちは、貴女のこと独占しててもいいですか?

「温かいですね、イエローさんの手!」

僕の考えていることを知る由もない(顔に出さないように気を付けているのは僕ですが)クリスさんと、まだこうして指を絡めて笑い合っていられるうちは、僕たちがまだキャタピーでいるうちは、彼女の隣は僕のものであるといいと思う。
でもね、神様。どうせなら。人は誰かを愛するために生まれてくるというのだったら、どうせなら僕を男に産んでほしかったな。それがダメなら、永遠の友情が欲しかった。僕が僕じゃなくて「私」で、可愛い可愛い女の子になっていたら。僕は、今よりもっと上手に笑えていたのかも。

「……隣にいるのが貴女だからですよ、クリスさん」

生まれてくる理由が誰かを愛するためだけなら、いっそ僕は男の子でも女の子でもなく、人間じゃない別の何かになりたかった。そうすれば、きっと貴女を手放さないのに。



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