(学パロ)

さてと。どうやら俺はこの、無駄に整いやがったツラしたスカポンタンへの認識を改めねえとなんねえらしい。奴が走るたびに風と踊る赤い髪を見ながら、俺は他人事みてえにそんなことを、頭の片隅で考えた。



話はまず数十分前に遡る。今日はポケスペ学園で毎年恒例の体育祭ってやつだ。準備自体は全校で一週間かけて、授業の大半おじゃんにしてみっちりやったから、そりゃあもう見映えのいいダンスが披露されたり仮装大会とかなんとかで盛り上がったり。勉強なんざくそくらえ!が持論の俺としちゃあこの日はマジで天国。なんつったって俺は運動神経抜群だからな!この学園は個人の出場種目数に関しちゃフリーだから、俺は朝から色んなところに引っ張りだこだった。まあそれはいいとして。
俺が気に入らねえのはシルバーの野郎がほとんどの競技に出てねえってことだ。ホント意味わかんねえ。眉目秀麗、勉強も運動もバッチリってことで学年中の女子の人気を総なめにしてやがるこの野郎は、朝から俺に「あまり汗をかきたくない。どうしてもの時以外は呼ぶな。」とそれだけ言ってテントに籠りやがった。ふざけんなクソったれ。
俺はわりとこういう行事は本気で楽しみてえって思ってる。運動すんのも好きだし、クラスのやつらと団結!なんて青春くさいことも嫌いじゃねえ。だからどうせなら思いっきり走り回って全力で勝負してえってのが俺の心情。そのためにはやっぱ俺だけ頑張ったって意味ねえんだよな。クラスの奴らはクリスを先頭に意気込んでるみてえだからいいとして。
悔しいけど。めっちゃくちゃ悔しいけど。やっぱ周りから持て囃されるだけのことはあるよな。ムカつくけどシルバーの運動神経は優勝目指すんならチームにぜってえ必要だ。俺以上に身のこなしは軽やかだし脚は速ェしなんかもう泣けてくるほど腹立ってきた。とにかく俺はあのクソ野郎をクラスのために働かせたい。あわよくば転けて怪我でもすりゃあいい。そういうこった。

「っつーわけで走りやがれ」
「清々しいくらい嫉妬と嫌味を全面に出した心情解説だな」

案の定クラスごとに張られたテントの最前列にいたシルバーに、俺は半ば吐き出すように言った。いつもは無造作に垂らしてる赤髪を一括りにまとめて、すかしたツラで「これだからバカの相手は疲れるんだ。」なんてほざくこの野郎の顔面に拳をめり込ませてやりてえが、んなことしたらクリスのやつに何言われるかわかったもんじゃねえからな。やめといてやる。

「てめえ……ちったァクラスの栄光のために貢献しやがれっつってんだ」
「知らん」
「…なあ。俺だけじゃなくて、他の奴らだってお前に走ってもらいてえって思ってる」
「……」
「頼むよ」

本当はこんなこと言いたくねえけど、それでシルバーの気が変わるってんなら仕方ねえ。畏まった俺の言葉にシルバーは微かに目を丸め、それからすぐにその目を伏せて長々とため息をついた。なんだテメエ人が頭下げてやってんのにその反応。ぶん殴るぞって言ってやろうと思ったら、俺が話し出す前にシルバーの野郎が口を開いた。

「……何を勘違いしているのか知らないが、俺は全く参加していないわけではない」
「あん?」
「出てもいいと思った種目には出ている。さっきだってハードルには出た」
「はあ?え、マジかよ。知らなかった……って!出るんなら一言言えよな!俺お前と勝負もしてえのに!」
「そう言うと思ったから言わなかったんだ」
「意味わかんねえぞオイ」
「同じ種目に出てしまっては、見れないだろう」
「………は?」
「何のために俺がここの最前列をキープしているのか。少しは考えろ、バカめ」

シルバーがもう一度小さくため息をついた。重たそうに腰を上げて、ジャージを軽くはたいて砂を落とし、そのまま靴を履いて「次は借り物競争か。」と呟いて、俺に背を向けて行ってしまった。俺はそのまま、次の種目に出るやつらの確認をとっている別のテントに向かうシル公の背中を、ただぼんやり見つめるしかなかった。きっと今の俺ァ所謂、ハトが豆鉄砲喰らったような顔ってのをしてるんだろうな。はは、笑えねえ。
クラスごと、大きく区別しちゃあ学年を色分けしたグループごとに設置されたテントは、グラウンドを中心にずらりと並べられている。休憩スペースだけじゃなくて応援、観戦スペースも兼ねてるってこったな。それを踏まえてあの野郎の言葉を、整理したら、つまりそりゃあ。

「……っ」

顔が熱い。なんなんだよ、あいつ。ポーカーフェイスにも程があんだろ、なんであんなサラリと、爆弾発言を投下して、くそ、あいつ俺のこと好きすぎだろ。狙ってやがんのか、ああもう知るか。あいつなんて日射病にでもなっちまえ。嘘、やっぱ全校生徒の前で派手に転けろ。



「で。何故お前がここにいる」
「クリスに代わってもらった。同じチーム内なら選手交替ありなんだぜ」
「それは知っている」

ところ変わってグラウンド内。次に行われるのはなんでもありの借り物競争だ。なんでもありとは言え一応は学校の行事の種目だから、あんましブッ飛んだお題なんてのは用意されちゃいねえ。ありきたりな物がほとんどだ。(去年唯一おもしろかったのは『好きな人』ってやつだな、全校生徒を前に告白なんて難儀なこった。)
んで、白線に並んだシルバーの隣に立って腕をぐるぐると回す俺。借り物はあんまし点稼ぎにゃならねえが、とりあえずシル公と勝負できりゃ俺は何でもよかった。言わなくてもとっくに俺の考えなんて察してやがるシルバーもそれ以上追及はしねえで、「せいぜい足元には気を付けろよ。」なんて余裕かましやがるから、ははは、絶対ェ負けねえ。
コースから約100メートルの地点に並べられた机に置かれたお題の紙を一枚見て、その通りのものを審査員がいるゴールにまで持っていくっていう実にシンプルな競技。今年の審査員は体育委員長のレッド先輩らしい。たまたま目が合うと口パクで「頑張れ!」って言われたような気がして、俺は手を振ってそれに応えた。シルバーが俺を睨んでいるような気がしたがここは敢えて無視だ。

「よーい……」

係のイエローさんが笛を口元に当てて、手を振り上げる。俺とシルバー、それから他のチームの奴らと計六人、それを合図にコースの地面に手を付いた。クラウチングスタートってやつだ。足の指先にかかる体重に気分が高揚する。負けねえ。

『ピーーー!』

甲高い笛の音が響き渡るのと同時に俺たちは走り出した。足の速さにゃ時間がある俺はあっという間に他の四人との差を広げていく。が、俺よりもさらにシルバーは速かった。大きな距離はないがじわじわと生まれる差に俺は内心焦っちまって、(くっそ!やっぱあいつ足速ェ!)って、まったく俺はバカだった。注意力が散漫したまま踏み込んだ瞬間、足首がぐきりと音を立てて、あ、やべえ。

「いっ……!!」

宙に浮いた感覚。自転車から転げ落ちた時と同じ浮遊感だな。お題の紙が置いてある机、そこに辿り着く何メートルか前の所で、そりゃあもう盛大に、転けた。これはアレか、シルバーにさっき転けろって願ったからか?やべえなコレ一種の呪いだろ。全校生徒の前だってのにチクショウ、ヘマしたぜ。
でもそれを笑うやつなんざいねえ。俺も恥ずかしさより悔しさの方がずっと大きくて、体操服についた泥をそのままに立ち上がった。今のタイムロスで後ろにいた四人にも抜かれちまった。みんな客席にもう物を借りに行ってるらしい。俺も早くしねえと、と前に一歩進むが、途端脳天まで駆け上がった痛みに顔を歪めた。足挫いちまったな、俺運無さすぎ。まだこの後リレーも残ってたのに。

「おい」

ふと差し出された手と、一枚の紙。顔を上げたらそこにはシルバーの野郎。「お前の分の紙だ。一枚余っていた。」って、わざわざこれ渡すためにここまで戻ってきたのかよ。バカだろ。礼を言うのが何となく癪で引ったくるようにして受け取ったけど、シルバーは俺を咎めたりはしなかった。

「挫いたのか、足」
「……おう。わりいけど棄権するっきゃねえな、こりゃ走れねえ」
「そうか。だが来て貰わないと困る」
「は?!」

再び襲った浮遊感。だが今度は地面に足がつかない。ずっと浮いたままだ。
状況を理解するのに三秒かかった。俺は今シルバーの野郎に担がれてるらしい。

「ぎゃあああああああ!てめっ何してやがんだ!!」
「肩で担がれるのが不満なら両手で抱えてやってもいいが」
「そりゃもっとアウトだ!!つか下ろせ!!」
「断る」
「なんでだよ!!」
「お前が借り物のお題だからだ」

それだけ言うとシルバーは走り出した。俺を担いだまま。つうか、男一人肩に抱えてこのスピードってコイツ人間じゃねえんじゃないの。え?っていうか俺が借り物って、こいつのお題って、まさか、


そして冒頭に至る。
俺が知る限りシルバーって野郎は愛想のねえムカつくクソ野郎で、そのくせ時々俺に盲目になりやがるから手に負えねえレベルのアホだって、そう思ってたわけだけどよ。今日からちょいと改めるぜ。こいつァとんでもねえ…………超アホだ。

「ちょっと待てシル公お前のお題ってまさか、ちょっと待て落ち着けやめろお前!!!」
「うるさい叫ぶな」
「これが叫ばずにいられるか!!!」

グラウンドの中心で愛を叫ぶ(全校生徒の前で)、なんてどこの映画だよバカ全然笑えねえ!
なのにいつの間にかレッドさんがスタンバイしてるゴールに着いちまったんだから、もうどうしようもねえな。しかも一着。応援サイドの生徒の視線は俺たちに釘付けだ。そこでようやく「ふん。」と鼻を鳴らしてシルバーは俺を、文字通り肩から落としやがって、ふざけんな末代まで呪ってやるコンチキが。
お題は審査員がマイクで読み上げることになっている。シルバーのお題である紙は無情にもレッド先輩のもとへ。ああもう、どうにでもなれ。

「えーと……一着ゴールの…お題が…………犬?」

拡声器でグラウンド全体に響き渡るレッド先輩の声、その内容に、俺はある意味あいた口が塞がらなかった。シルバーのお題が犬って、犬って、お前。
意味を把握した瞬間、俺の側にいたレッド先輩が腹を抱えて笑い始めたから俺としてはたまったもんじゃない。キッとしたり顔のシルバーを睨み付けてみたが、「顔赤いぞ。」と一蹴された。うるせえ誰のせいだ。

「あはははは!シルバー最高すぎ!確かにゴー犬っぽい!あははははは!!」
「笑い事じゃないッス!!」
「先に言っておくが、」

意味深にそこで言葉を区切ったシルバーは、レッド先輩からマイクを引ったくって、そして、


「こいつは俺の犬だ。誰だろうが勝手に触れることは許さん」


まあきっぱり言い切ってくれちゃってははは、不覚にも俺は涙が出そうになったね。一生忘れらんねえ体育祭をありがとうよシル公。くたばりやがれ。
そう思う反面、ちょっとだけ、ちょっとだけうっかりときめいちまった俺を誰か殺してくれと、沸き起こる歓声の中思わざるをえなかった。俺、もう一生彼女できねえんだろうな。




「ゴー、お前の持ってるその紙は?」

レッド先輩に指差されて、俺はそこでようやく手に握りしめていた自分の紙に気がついた。

「ああ……俺のお題ッスね」

こんな形でゴールした以上は棄権ってことになるんだろうが、それでも中身が気になって、まあ好奇心ってやつだな。折り畳まれていた紙を開いて、ちらりと中を見た。見なきゃ、よかった。

「ゴー?何だったんだお題」
「……言えません」
「…」
「お題が『友達』とかだったら、シルバーと一緒にゴールしたわけだし点数もらえ…」
「スイマセンこればっかりは言えないッス!」

きょとんと俺を見つめるレッド先輩と、後ろに佇んでたシルバーの視線を感じながら、俺は自分の紙をぐしゃぐしゃにしてポケットに乱暴に押し込んだ。やっぱ今日の俺はついてねえ。結局体育祭が終わるまで、俺の頭から『好きな人』の文字は離れちゃくんなかった。シルバーなんか嫌いだ、チクショウ。



∴僕が彼を大嫌いな理由

しまちゃんへ相互感謝!
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