「しっかしまあ、さみぃ、な!」
口元を手で押さえて視線を逸らしながらゴールドは強引に話を変えた。そんなに赤い顔で何を言っているのかと思ってやるが、身を切るような寒さは本物だ。単なる糸口に過ぎなかった一言で、思い出したように急激な寒さが襲ってくる。ゴールドが身体を大きく震わせた。気休めに擦り合わされた両手を真っ白な息が包む。
「結構な景色も堪能できたことだし?そろそろ――」
「もう少し」
「…………」
「もう少し、このまま」
引き寄せて抱きしめたゴールドの身体は、寒いと口にしながら俺よりも暖かかった。
「……シルバーちゃんの身体冷たい」
「お前は温かいな」
「シルバーばっかぬくまるとかずりぃ」
「俺が温かくなった後でお前のことも温めてやる」
「は、あっつーくさせてやるよ」
背に回されていたゴールドの腕に力が入った。焦がされてしまいそうだ。伝わる熱は俺の表面の冷たさを溶かし、奥底にまで浸透していく。抱き返す力を強めながら、まるで出来レースのようなゲームの勝敗に想いを馳せた。

10
「…ッ、」
ぶるり、と震えたゴールドを見ると、恥ずかしさによる顔の赤みはまだ消えてはいない。しかし、そこに寒さ故の赤みがあることを確認した。あまり長らくこの場所に居ても今度はゴールドが体調を崩すであろう。そう考えたシルバーは、まだ失いたくはない腕の中のぬくもりを手放そうと口を開く。
「ゴールド」
「あ?」
何だよ、と続ける前にゴールドは浮遊感におそわれる。
「…え?っ、はぁ!?」
漸くゴールドが自分に起こっている状況を理解した時には、もう遅い。シルバーはゴールドを抱き抱えていた。
「此処へはお前がエスコートしてくれたからな、次の行き先へは俺がエスコートしてやろう」
シルバーはゴールドを抱き抱えたまま、歩き出す。少し赤みがひいたゴールドの頬が先程より一層赤みを増した。言葉にならない呻き声をもらすゴールドを一瞥し、シルバーはハナダへと続く橋を一歩一歩と踏みしめた。「おろせ!」と聞こえたような気がしたが、シルバーは聴こえないフリをした。

11
「下ろせっつってんだろ!」
何度もシルバーに抗議しているのに、うんともすんとも言いやしねぇ。こんな体勢、人前で見られたくねぇってのに。
「…下ろして欲しいか?」
うわ嫌な笑みだ。背筋が震えるような予感が当たりそうで怖ぇ。
「おねだりしてみろ。考えてやってもいい」
はい、大当たり。「どうした?」このままで良いのなら構わないが。僅かに声色が上がったヤツを睨み付ける。そりゃあどっちに転んだってシルバーが得するもんな。あぁオレもかもなんて一片も欠片も思ってねぇよ?思ってはねぇけど…。
「シルバー…。頼む、下ろして?」
「断る」
果たしてこれ以上の羞恥は存在すんのか?
「テメェな…っ!」
「下ろしてやるだなんて一言も言ってない」
青筋を立てるオレにさらりと交わすシルバー。そうだよな、考えるとしか言ってねぇもんな。シルバーのほんの一握りの優しさに賭けたオレが馬鹿なんだよなあっはっは。オレを抱える足取りの軽いシルバーに気付かれないように掌を握る。力を入れた瞬間、オレの思考に気付いたのかそっと足と地面をご対面させた。もう橋を渡ったんだな。辺りを見回したのがまずかった。再びあの感覚が襲いかかる。
「掴まらないと落ちるぞ」
今度は脇抱えですかシルバーさん。

12
「ぎゃあああああああ!おまっ…離せコラ!何回目だこのやり取り!」
「うるさい、落とすぞ」
「ぜひお願いしたいところだな!!」
「暴れるな」
脇にがっしり俺を挟んでにやりと笑ったシルバーの顔面に拳をめり込ませてやりたい。自分と背丈も体格も変わらない俺をこうも軽々運べるって細身なのに力あるな、とか、そんなことは断固として考えちゃいねえ。断固としてだ。
「……ゴールド」
「あ?」
ふと名前を呼ばれたから視線を上げてみりゃ、そりゃあもう俺が今まで見たことねえような、おっそろしく綺麗に笑ったシルバーの顔が、すぐそばにあって。
「は?」
日が落ちそうだ。すっかり夕暮れが近づいた空は蒼の果てに若干のオレンジで染め上げられている。シルバーの髪がきらきらして、その眩しさに思わず目を細めた。
(日だまりの中にいるみてえだ。)
気づけば地面に足はついていたけど、俺は逃げなかった。逃げる必要もなかった。
「……続きは、ラストゲームに取っておくか」
耳元で囁かれて、「今日は帰るか。」って、そう背を向けたシルバーと、そんなアイツの背を無言で付いていく俺の耳が赤いのは、きっと夕日のせいだけじゃねえ。

13
約束の夜が来た。シルバーとゴールド二人の期間限定恋人ごっこは明日で終着する。その前に。
「この時を待ち焦がれたぜ、シルバー」
金色の瞳を緩ませゴールドが微笑む。傷つけ、傷つけられる不安がないごっこ遊びの中は居心地が良かった。だけど物足りない。決定的な何かが与えられていない。
シルバーはゴールドを隠れ家に招き入れた。邪魔が入らない、今宵二人だけの場所。本来の意義を失った聖夜、ロマンチックなど口にする気は無い。クリスマスだなんて口実に過ぎなかった。
「プレゼントの用意はできているだろうな……?」
「当然!」
本当に欲しい物がなんなのか、お互い既にわかっている。
「まあオレ様は後でいいだろ――」
必要以上に大げさな身振りでゴールドはシルバーを指し示す。緊張と期待が入り混じった表情と共生する鮮やかな笑みで、ゴールドは問うた。
「お前の、オレへのプレゼント。そりゃ一体何だ?」

14
「俺は過去に縛られていた」
言わずもがなその言葉の真意はゴールドには伝わってなどいない。ナナシマであったことを、コイツは知らないはずだ。
「過去に囚われることの苦痛はお前になどわからないだろう」
そう言うと、ゴールドは少し不機嫌そうな表情をした。まぁ待て、言いたいことはそこじゃない。

「……もう二度と、大切な人を失いたくはない」
そう言ったシルバーは俺の瞳をまっすぐと見つめた。白銀の瞳に悲壮感が宿る。しかし彼がフッと笑うと、それは消えた。
「ゴールド」
名を呼ばれた。呼ばれなれている筈なのに、聞きなれた声の筈なのに、鼓動がやけにうるさかった。

「過去は過ぎた時間だ。巻き戻りなどしない」
そう。ゴールドと出逢ったのも、父さんを失ったことも、クリスや先輩、後輩たちと図鑑所有者として戦ったことも。過去は過去。今更変わりなどしない。
「でも、未来は変えられる」
これからの選択肢次第で、どうにでもなる。
「なぁ、ゴールド」
俺は、お前と。

「俺のこれからの人生をくれてやる」
シルバーはそう言い放った。どこのラブコメだ、漫画でしか見たことねぇぞシルバーちゃんよ。心の中ではいつも通りの口調で、言い返すことが出来た。が、実際に口にするとなると難しく感じる。信じられないが、顔が熱い。シルバーが驚いてるのがわかった。くっそ、俺自身も信じたくはないが、多分、俺…。
「……こっち見んなよ、バカシルバー…!」
…顔、めっちゃ、赤いと思う。もうやだ、恥ずかしい、しにたい。
15
「分かった」
顔を背けるゴールドを自分の胸板に引き寄せる。片手でゴールドの頭を軽く押し付けて、もう片方は体に巻き付ける。顔を隠す体制を整えたと言うのに。
「おいシルバー!」
不服のようだ。予想はしていたが。強い抵抗を見せないのを含めてな。暫くの沈黙。ゴールドがもぞりと体を揺らす。顔を覗き込もうとした瞬間、俺の顔に固体物が迫ってきた。乱暴な奴だ。咄嗟に受け取ると舌打ちが聞こえたから腕の中に強く閉じ込めてやった。抵抗した所で聞いてやるものか。くぐもった声が静かな空間を震わす。
「有りがたく受け取りやがれ」
オレの全部をソイツに託したんだから。蚊が鳴くような音だが、普段の勝ち気な笑顔とセットではっきりと脳内を奮わせた。透明に近い白色に限りなく薄い桃色を織り混ぜた球体を金色の固い糸で繋がれた固体物に目を向ける。このブレスレットの価値を把握するのは難しいだろう。納得する解答を得られないのは承知済み。だが俺にとっては価値なんて二の次だ。
「なぁ知ってっか?その石はよぉ…」
「清純、優美、愛情。無償の愛が込められている。…違うか?」
「いいや。まだたくさん詰め込んでんだよ」
「不変の愛も付加してくれるとはな」
「ピッタリだろ?オレもお前も」
「…そうだな」
意外にロマンチストな奴とはな。悪くは無い。
「あと一つ」
「…?」
「誰が一つだけっつった。お前が人生ならオレは身も心も魂もぜーんぶお前にやるぜ。だから……好きにしろよ」

16
シルバーは一瞬面食らったように目ん玉をまん丸くして、それからフッといつものムカつくすました微笑を浮かべた。俺もにやりと口の端を吊り上げる。自然とシルバーが俺を抱き締めていた腕を緩めて、でもそのまま両肩を掴まれて。「逃げやしねえよ、そんなに俺のこと離したくねえわけ?」「シルバーちゃん俺にベタ惚れだもんな!」「かーっ!!ギャルに飢えた野郎の行く末ってやつだな」って毒づいてやろうかと思ったけど、それらの言葉は全部自分にもふりかかると気づいて、やめた。
「ゴールド」
「おう」
「ゲームの勝敗は」
「引き分けなんじゃね?」
だって、欲しいものは手に入れた。アイツが欲しがるもんもくれてやった。俺たちは遠回りして、遠回りして、そんで今日ようやく嘘偽りのねえ『本物』ってのを互いに手に入れて、ああこれってすっげえ幸せなことじゃねーの。
この賭けを持ちかけた時から、俺はずっとこの時を待ってたのかもしんねえ。誘いに乗ったシルバーもそうに違いねえ、なら、ははは。回りくどいまどろっこしい告白だってレッド先輩は笑うだろうな。上等、だって今日は聖夜だ。クリスマスイヴ。ロマンを求めて何が悪い?
「確か、値打ちのある方が勝ちだったよな」
「ああ。だが、値打ちなどこの際どうでもいい」
「ちげえねえや」
けらけらと笑って見せたらシルバーも柔らかく笑って、(あ、今の顔、なんか。)ほんの一瞬細められた銀に魅入ってると、確かめるように頬を撫でられたから口許が緩んだ。
「シルバー、」
ゲーム終了。おつかれさん。
そう呟くと同時にキスされた。強引なやつ。まだ「好きだ」って聞いてねえのによ。さいてー。ぜーんぶシルバーのせいにして、俺はその背中に背を回した。初めて交わした口づけは、馬鹿みたいに甘かった。(まずはアイツからはっきり愛の告白ってのを聞き出して、そんで誕生日祝ってやろ。プレゼントは俺?はは、そりゃまだ早ェか。)少なくとも今わかってんのは、今日がとびっきりの記念日になるってことくれえで、つまりそりゃあ。
おっと、駆け引きはまだ終わっちゃいねえぜ?シルバーの頭をぐっと強く引き寄せて、その唇を舐めてやった。終わらせてたまるかよ。ほら、ゲームスタート。今度は『一生相手を愛し続けた方が勝ち』とかどうだ?結果は目に見えてるけど。なーんてな。



∴完
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