さて、どうしたものか。
カントーで随一の規模を誇るタマムシデパート。その四階の隅に設置されているこじんまりとしたアクセサリーショップの、とある一つのブレスレットを睨むように見つめながらグリーンは一人思案した。多くの人で賑わい活気のあるこの町、延いてはこの建物の中で、半時も同じ場所に同じ体勢、同じ顔で居座り続けているグリーンを不審に思ったのか、訝しげにちらちらと様子を窺う店員の視線が背に突き刺さるのを感じる。グリーンとて好きで立ち往生しているのではない。しかし他のどの髪飾りやこ洒落た小物より、一際儚げに煌めく碧のシンプルなブレスレットがグリーンには魅力的に思えたのだ。
グリーンはそのブレスレットに躊躇いがちに手を伸ばし、そしてまたため息をついて手を下ろすという単調な動作を幾度となく繰り返している。財布の中の手持ち事情や好奇の視線もそうではあるが、何より今彼が買おうとしているものが女性物のアクセサリーであるということが、グリーンの一連の不可解な行動の最大の理由であった。
(俺は一体何を……)
今日は、世間では一般的に『クリスマス』と騒がれている、所謂聖夜だ。グリーンが今日一人でこのデパートに訪れたのは他でもない。今までろくに世が浮き立つイベント事をめいいっぱい楽しんだことがないであろう彼女に、渡してやりたいと思ったからだ。自分からの心ばかりの気持ちを。しかし。
(なぜこの日を選んでしまったのか……。)
恋人が寄り添うためにあるようなこの聖夜に、このようなものを贈ってしまったら、まるでグリーンが彼女―――ブルーに、恋い焦がれているようだ。そう本人にもきっと受け取られるだろう。それはグリーンとしては釈然としない、癪なものだった。
(やはり違うものに……今日は家族と過ごすと言っていたから、もっと……食卓に並ぶようなものを……)
よし、と屈めていた上体を起こし、その場を離れようとした、その矢先のことである。

「あれ?こんなところで会うなんて奇遇だな!グリーン!」
「………」

今日ほどレッドを恨めしく思ったことがあっただろうか。陽気に笑いながら自分に右手を振るレッド、彼のその左手に抱えられた豪勢な料理の数々が入れられてあるだろうボックスをグリーンは一瞥すると、静かにため息をついたのだった。



で、どうしたものか。
気がついたらグリーンの右手にはすっかり軽くなった財布、左手にはレッドの抱えていた、色鮮やかに敷き詰められたパーティー料理が入ったボックス。そしてあろうことか彼の着ていたコートのポケットには、先ほど眺めていたブレスレット。隣には荷物が軽くなったことを喜ぶレッドだ。恋人同士である男女が手を繋ぎ仲良く歩いているのに対してのこの状況。厄日か、とグリーンは背にちらちらと感じる視線に苛々した様子を隠すことなく舌打ちした。

「で、なぜお前は俺についてくるんだ」
「いやあ、ついてくるっていうか行く方向同じだろ?」

ざわつくデパートから出てリザードンをボールから出すと、それと全く同じ方向にレッドはプテラをだし、グリーン同様その背中に飛び乗る。なるほど、やはり進路は同じらしい。
(今さらだが、レッドに知られてしまった……)
選んだブレスレットの色もだが、まず第一にグリーンが女性になにかを贈るということは姉であるナナミ以外には考えられないだろう。普段ならば。だが今、彼女はマサキの邸宅があるハナダシティにいる。理由はもう言うまい。ちらりと後ろをついてくるレッドを覗き見た。いくら天然でこういったことに鈍感なレッドでもさすがに気づくはずだ。(俺がこれを、誰に渡すのか。)

「……レッド」
「んー?」
「…お前も、この荷物は」
「ああ!もちろんブルーんちに持っていくんだ」
「………」
「グリーンもだろ?」
「…………ああ」

もう言い逃れはできない。だが、何も疚しいことはしていないのだ。早く用だけ済ましてしまおう。(あわよくば少しだけでも一緒に過ごせたら、などと淡い期待は抱いてない。断じて。)



さあ、どうしたものか。
気づけばマサラにあるブルーの(両親の)家だ。グリーンは額を押さえた。頭が痛い。(なんだ、俺は夢遊病か何かか。)ポケモンをボールに戻し、レッドに目配せすると、レッドはやれやれと肩を竦めてインターホンを押した。ピンポーン、と単純な機械音の後にすぐに届いた「はーい!」という耳に不思議と心地いいソプラノの声。グリーンは何故か、変に肩が強ばるのを感じた。がちゃ、とドアノブが回り、ひょっこり顔を出したのは―――彼女だ。

「レッド!グリーン!来てくれたのねっ!」
「はははっまあな!」
「………ふん」
「すごく嬉しいわ、二人とも来てくれるなんて!」

人を騙すのがうまい彼女も、今ばかりは心の底から喜んでいるとわかる笑顔を浮かべている。それを見た瞬間、ふと力が抜けたような気がして、しかしそれも決して不快感などはなくて、グリーンも知らず知らずのうちに微笑えんでいた。(どうも、俺はこの顔が見たかったらしい。)

「ゆっくりしていってね!シルバーもきっと喜ぶわ!」
「……………は?」

今、何て。

「…え?グリーン、シルバーの誕生日のお祝いに来たんじゃないのか?」
「違うのかしら?」
「……」

(……俺は何てバカなんだ。)
そうだ、完全に誤解していた。今日はクリスマスイヴじゃないか。

「………グリーン?」

不思議そうに首を傾げるブルーの呼び掛けを受け、グリーンは盛大なため息をひとつ漏らした。こうなってしまったからには仕方ない、それにシルバーの誕生日を確かに祝いたいという気持ちもある。「……いや、今行く。」と小さく答え、グリーンは自分自身にあきれながらブルーの家に入ったのだった。(緊張して日にちの確認すらしていなかったなんて、聞いてあきれる話だ。)
シルバーの誕生日は盛大なホームパーティーとして祝われていた。飾り付けられたリビングに、机の上には先ほどレッドが買ってきた料理の数々やブルーの母が作ったであろう手作りのおかしの数々。主役であるシルバーを囲むようにゴールドやクリスタル、イエローやホウエンの三人組までも駆けつけていてグリーンは目を丸くするしかなかった。自主的に皆が集まってこのパーティーを計画したのだろうか、そう考えると今の今まで誕生日を忘れていたことに対し、何となくシルバーに申し訳なさを感じる。部屋に入るとシルバーがグリーンに真っ先気づき、軽く会釈した。さすがというか、本当に細やかな性分をしている。それを受けてグリーンも小さく笑い、「誕生日おめでとう。」と漸く伝えたのだった。

「おぉっ!まさかグリーン先輩まで来るたぁ思わなかったぜ!もしかして…料理目当てッスか?俺と一緒ッスねー!」
「こら!ゴールド!」
「本当、ゴーは素直じゃないなあ。俺たちの中で真っ先に駆けつけたのゴーなのに」
「本当よね」
「んなっ!違うッスよ!たまたま通りがかっただけで…」
「ジョウトから海を越えてきたのか。外見ばかりではなく中身までおめでたい頭だな」
「んだとシルバー!表に出やがれっ!!」

騒がしいやつらだ。そう思ったが、やはりグリーンにとってもこの空間は居心地のいいもので。ちら、と今日会いに来た一番の目的である人物を盗み見る。「はははは!」と義弟たちのやり取りを見ながら幸せそうに笑う彼女に、グリーンもふと微笑を漏らすのだった。

「あ。そういやグリーン、さっきプレゼント買ってただろ?渡さないのか?」

前言撤回。レッドだけはこのパーティーが終わり次第燃やし尽くす。
全員の視線がグリーンに注がれた。プレゼント、といえば今の空気からしてシルバーへの、という連想に行き着くのが普通である。が、グリーンが購入したものは今みんなが想像しているものとは違う、意味の込められたものだ。
(どうする、今これを渡すのは……だが、渡さないと言うのも……)
ぐ、と息を詰まらせ、(仕方ない、か。)とコートのポケットに手を伸ばした。そのとき。

「グリーン先輩、そう言えばさっきお茶が切れまして」
「ん?」
「良かったら買ってきてはもらえませんか」

シルバーだ。隣でゴールドが「おめえ先輩をパシるたぁ勇者だな!!」と腹を抱えて笑っている。他のやつらもそれぞれリアクションに困っているようだった。

「それはかまわないが…」
「良かった。一人じゃ全員分持てないかもしれない。姉さん、」
「え?」
「二人にお願いしたいんだが」

誕生日だからこれくらいの我が儘、聞いてくれるだろう?そう言われてしまえばブルーも戸惑いながら「もちろんよ!」と上着を着始める。まさか、と思いグリーンはシルバーをじっと見つめた。その視線に気づいた今日の主役である彼は、くす、と微笑んで見せたのだから、完敗だとグリーンは肩を竦め、よくできた後輩に感謝するしかなかった。



……どうしたものか。
グリーンは思案した。ブルーと二人で家を出たはいいが、どうもこのプレゼントを渡すタイミングが掴めない。(落ち着け、これはただのクリスマスプレゼントで、変な意味があるわけではない。そうだ、とっとと渡してしまえばそれで終わる。)変に自分の中で区切りをつけ、隣を歩く彼女を呼ぼうとしたが、「ねえグリーン」と先に話しかけられてしまう。出鼻を挫かれた気分だ。結局「なんだ」とグリーンは答えるしかなかった。

「今日はありがとう。シルバーの誕生日、お祝いに来てくれて」
「…ああ」
「私、すっごく嬉しかった。今まで誕生日のお祝いなんてすることも、されることもなかったしね」
「……」
「ふふふ!来年の私の誕生日も期待してていいのかしら?」

にこ、とグリーンの顔を覗き込んで笑うブルーのあどけない笑顔は冬を彩るイルミネーションの光に負けず違わず(綺麗だ、)と思ってしまうくらい、魅力的で。
(ああ、認めたくはないが、)
グリーンもやはり自覚せずにはいられないのだった。彼がこんな寒い日に一人で遠出をしたのも、何時間もかけてプレゼントを選んだのも、つまりは。

「ブルー」
「なあに?」
「お前に、渡したいものがある」
「あら、プレゼント?バトルのお誘いならお断りよ?それともクリスマスに乗じての告白ってやつかしら!ほほほ!まさかね」
「残念ながらそのまさかだ」

ぴく、とブルーが歩くのを止め、目を見開いてグリーンを振り返る。手渡した袋から碧のブレスレットを取りだし、ブルーがその頬を朱に染め上げるまで、そう時間はかからなかった。


「ブルー、」



――メリー、クリスマス。






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