優しい言葉を掛けられたら死んでしまいそうだと思った。実際の生死などは問題ではなく、つまるところ心が廃れていくような、内側から腐敗していくような、ここにいるかどうかすらわからないような浮遊感に飲まれそうになる。
劣情だ。だから俺はこんなにもあざとい。

夏の朝戸風はじめじめして嫌いだ。妙に肌にべたつく感触と、湿気を含んだあの空気では息をすることすら億劫に感じる。しかし今日は風がなかった。代わりに、たたき付けるような激しい豪雨。成る程、これはこれで涼しげではあるが、実際に肌に感じる空気はやはり湿気が多く不快だ。

「………で?」
「よぉ」
「何故貴様がここにいるんだ」

馬鹿がいた。
傘もささずに全身ずぶ濡れで、自慢の前髪も頬に張り付いている。衣服も水気を含んで重たそうにこの男の肌に張り付き、しかしこの馬鹿は俺を見てにやりと口の端を吊り上げ、陽気に片手を上げて見せた。なんなんだ、こいつは。

「ひどい姿だな」
「まあな。雨に打たれたい気分だったんだ」
「ほう」
「で、気付いたらここに来てた」

土砂降りの中、ゴールドはけろりと笑った。一瞬でそれが強がりだとわかった。だいたいなんだ、雨に打たれたい気分って。
寒さから来る身震いを拳を握って必死に抑えて、ゴールドは笑顔のまま俺の手をとった。当然だが濡れていて冷たい。だけど、嫌な気分にはならない。

「昨日のお前、なんか様子がおかしかったからさ」

やめろ、やめてくれ。
その続きは、言うな。

「ほんのちょっとだけ、心配してやったんだぜ?」
「、ゴールド」

やめろ、
その、先、は、

帰れなくなる。
もう、二度と。


「一人が怖いなら俺を呼べよ、シルバー」


抱きしめたゴールドから終わりのない朝の匂いがした。劣情だ。だけど俺はこの愚かで浅ましい感情を、なによりも大切にして生きていこうと、そう決めた。
お前の優しさで窒息しても、それは意味のある死に違いない。



∴君に殺された今
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