何度も何度も馬鹿みたいに「さようなら」の練習をしたのに、どんな顔をして、どんな風にそれ伝えればいいのかわからなくて、また俺は口をつぐむ。簡単なことだ。俺はそうするための術を知っているじゃねえか。
それなのに、俺の気も知らないで暢気にソファーで昼寝しているオーバに、未だに伝えられないでいる俺はただの寂しがり屋だ。たった五文字、それがどうして、こんなに辛い。
いつもは嫌がって触らせてくれない、あいつのアフロに手を伸ばした。案外柔らかい。そういえば小さい頃からこの髪型だったな、なんてふと思い出す。その懐かしさにため息が零れた。癖のある髪がコンプレックスで、アフロにしたら気にならなくなったって、今と変わらない阿呆面でけたけた笑っていやがった、なんて。
そうだ、思い返せば、俺の思い出はその大部分が、この男の全てで構築されていた。俺とこいつはずっと一緒だった。すっかり大人になったもんだ。

「……オーバ、」

ああ、すまない。
俺はやっぱりお前に、「さようなら」だけは言えそうにない。お前の幸せを考えるなら手放した方がいいに決まっている、それを知っていながらも、それでもお前を手放せないでいる俺を、どうか許さないでくれ。許さないでいいから、俺の側にいてほしい。

「………愛してる」

代わりの五文字は、口にしたら消えてしまいそうなほど、頼りないけれど。それでもストンと俺の中で何かが動き始めて、例えるならようやく歯車が噛み合って動き始めた精密機械のような。
あい し て る。
オーバが起きたら目を見て真剣に言ってやってもいいと思った。他でもない、俺は俺のためにしか行動しない主義だから。そうさ、すべては俺のために。



∴自己主張と利己的主義
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