恥の多い生涯を送って来ました。



ふと、そんな文字を見た。場所は、移動教室である世界史が行われるここ、多目的B室の自分が座る席。木製の古ぼけた机の端に書いてある、酷く綺麗な文字。以前世界史があった三日前は、こんなもの書かれていなかった。単に机が変わったとも思えない。それならば、この3日間のうちに誰かがこの一文を書いたのだ。そう推測するのは容易かった。端麗な文字をまた見る。恥の多い生涯を送って来ました。これは、誰もが一度は聞いたことがある太宰治の『人間失格』の冒頭だ。普段なら気にもとめないいたずら書きが、なんとなく気になった。何故なら、たった今部活の合間に読んでいる本が紛れもないそれだったからだ。珍しい偶然、だと思う。それと同時に、誰が書いたものなのかとても気になった。とても興味深いと、感じた。

ふむ、と顎に手を添えて考える。自分と同じ世界史を履修している生徒を含むクラスは計5クラス。C〜Hまでだったと思う。しかし三日間も空いたわけで、どのクラスもこの教室を使ったと見ていい。特定は、この5クラスのうちのどこかということまでしかできない。久々に、テニス以外のものに興味がわいた。

しばらく顎に手を添えて俯く自分が気になったのか、隣に座る酒井が小声で話しかけてくる。

「おい、柳?どした?」
「…いや、なんでもない」

「お前、もうすぐ当たるぜ」

はっと目線を前に向けると確かに教科書の問いを答えさせているところだった。順番は次の次まで迫っている。俺としたことが、些細なことでも聞き漏らすとは。少し後悔しながら当たるであろう問題に目を通す。幸い、自分の知識でどうにかなる範囲だったので安心して答える。酒井を見やると、怪訝そうな顔をしていた。

「さっすが柳だな…」

すげえ、と呟く彼にほとほとの愛想笑いを返す。「何考えてたんだ?」という問いにも曖昧に返した。酒井はふうんとさして興味無さそうにまた授業に聞き直る。

しばしぼうっとしていると、授業が終わったようで、先生の「じゃあこのへんまでだな」という声が聞こえた。俺は急いで、シャーペンを走らせる。もたろん、机の上に。

"自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。"

合ってるかどうか少し不安だったが、きっと合っている。それは、最初の冒頭に続く次の文だった。






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