あたしにとってなるほどくんという存在は、いわば親戚のお兄ちゃんだったり、むしろ親代わりっていうか…そんな感じ。お姉ちゃんのことがあってからずっとなるほどくんはそばにいてくれたし、ホントにお人好しで正義感ばっかり勝っちゃってるからとってもいい人。ずいぶんお世話になっている。…けれど、唯一のなるほどくんの非行にはあんまり賛成できなかった。なんていったって、誘拐、なのだから。

「これ…」

結構前に、なるほどくんが事務所にいない時ある手帳を見つけた。見つけてしまった。ふつふつ湧き上がる好奇心から、あたしは中身を見てしまったんだけど…それはもう後悔した。書いてあるのは苗字名前という文字と、何が好きだの嫌いだの、学部やら大学に来る時間。どこで知ったのか血液型だとか起床時間(予想?)だとかも事細かに記されていた。最初は意味がわかんなかった。実はなるほどくんは小説とか書くシュミがあって、それの登場人物だとか。たとえばなるほどくんはアニメが大好きで、その大好きなキャラクターのプロフィールだとか。そんなことを予想していたんだけど…、明らかに見たことのある勇盟大学という文字。これまたどこかで見覚えがある周辺地図。さらには、いちばんウラの袋にその苗字名前さんらしき女の子の写真がわんさか出てきちゃったもんだから、あたしは気付いてしまった。それでも、最初は何の変哲もない恋だとばかり思っていた。なるほどくん、すごく真面目だから好きな子のことをわざわざメモしていたのかもしれない、と。けれどそんな期待はいとも簡単に消え去ってしまったのだ。…よく見ると、この写真たちはすべてがすべて目線が大きくカメラから外れている。よく隣には背の高い美人系の女の人も一緒だったし、大抵が遠くからズームをしたような、そんな感じ。最近なるほどくんが暇さえあれば外に出てるのも知っていた。つまり…そうなのだ。あたしは知ってしまった。真面目で優しく、また弁護士という職に就いている誇らしき男の、唯一の非行を。


いくら好きでも、こうやって盗撮をするのはよくないと思う。あたしはずっと考えていた。考えることはトクイじゃないんだけど…どうにも気になって仕方なかった。ええい、うじうじ悩むより直接言ってしまえ!と、我ながら軽薄な行動を思い立ってしまったのが運の尽き。バカなあたしはすぐに聞いてしまった。へらりと笑いながら帰宅したなるほどくんに。

「なるほどくん、最近どこいってるの?」

なるべく、なんともないように聞けたと思う。本当は信じたくなかったのだけど、目の前のなるほどくんのそれはもう嬉しそうな、恍惚とした表情をみてしまったらもう信じるほかなかった。

「運命の女の子に会いに行ってるんだ。」

ほんとうは、こころのなかでは信じていたのに。ぽかっと頭を殴られたような衝撃。こんな、下手したらなるほどくんのことも知らないような女の子を、盗撮ばかりしている女の子を運命の人だと言えるのか。


「そう、なんだ。…ね、どんな子?」

「え?そうだなあ、名前ちゃんはほんとうに可愛いんだ。前だってコンビニでお菓子買おうとしてマキさんに止められて、ぶすくれながら商品元に戻しててね、ほんとうに可愛いんだ。」

「……」

「火曜はたまに遅刻しててさ、なんでだろうって思ったら月曜日は夜遅くまで居酒屋で手伝いしてるみたいなんだ。そんなに給料でないはずなのに、店主が年寄りだからってさ、名前ちゃんは優しいよ」

「…へえ」

「もうほんと、閉じ込めておきたいかな」



マキさんが誰なのかとか、コンビニのこととかそんなことまでどうして知っているのかとか、この際どうでも良かった。しれっとなるほどくんは言い放ったのだ。閉じ込めておきたい、と。あたしはそこで嫌な汗が滲んだ。どうにも、勢いで口走ったようには思えないからだ。さも当たり前かのように、お腹空いたなあなんて言うように、なんの悪びれもなく言った。ねえなるほどくん、自分が何を言っているか、わかってるの。

「真宵ちゃん?」

「…あ!いや、なんでもないよ!とうとうなるほどくんにも春ですな?」

「やめろよ、冷やかすのは」


努めて明るく、振る舞う。どうしよう、どうしよう、どうしよう。あたしの知ってるなるほどくんは、結構異常なのかもしれない。それからたまにその女の子の話をするようになった。いつだってなるほどくんは恍惚の表情でその名前ちゃんを語る。ほんとうの恋人同士のノロケみたいに。実際は、そんなにキレイなものじゃないのに。なるほどくんの素顔に気づいてしまってからというもの、あたしはさらに悩んだ。正義感で生きてるような絵に書いたようないい人のなるほどくんが、そんな。御剣さんとか、イトノコさんとかに相談したほうがいいのかな。…いや、でもそれじゃあなるほどくんが逮捕されちゃう。でも、良くないことにはかわりないし。でもでも、名前さんが気づいてなかったらこれはストーカー行為には入らないの、?もう何がなんだかわからなかった。命の恩人、はみちゃんにつぐあたしの大切な人。世話を焼いてくれた人。そんななるほどくんを、無下にしていいのか。そんなこと、できなかった。弱いと思う。今でも思う。あのとき、ちゃんとあたしがなるほどくんに言っていれば。逆上されるのを覚悟で、それは違うんだよと言ってあげられたら、こんなサイアクの事態にはならなかったんじゃないかなあ。

はみちゃんと一緒に1週間だけ倉院の里に行って、久々になるほどくんのところに戻ってきた時、そのなるほどくんの少し切羽詰まったような表情をみて違和感を感じた。嫌な、予感がした。でもまさか、そんなわけ…。意を決してさりげなく聞くと、聞きたくなかった言葉。どうやら、その苗字名前さんがいるらしい。この空間に。あたしにすぐに紹介しないあたり、同意の上ではないことは明らかだった。どうしよう、ついに、なるほどくんが。そのときは頭が真っ白だった。盗撮以上の、カンペキなまでの犯罪を、彼はやってしまった。どうしよう、あたし、どうしたらいいの。本当に泣きそうだった。それでも、あたしは、

「…あたし、言わないから、ね」

言えなかった。どうしてだろう、言えなかった。ゼッタイ良くないことなのに。なるほどくんに、これ以上罪を重ねて欲しくなかったのに。あたしは結局、なるほどくんを見捨ててあたしの前からいなくなることが嫌だったのかもしれない。わからなかった。なるほどくんの本当にいいのかいという言葉が頭をぐるぐる巡る。いいかなんて聞かれたら、言い訳ない。もうあたしの思考でさえ歪んでしまったのかもしれない。あたしの知らないなるほどくんは、あたしが知らないってわけじゃなくて、こんな一面を持つなるほどくんがなるほどくんそのものなのだと、思ってしまった。こんなバカみたいなことに手を貸して、ほんとあたしはバカだ。あたしにとってなるほどくんという存在は、親戚のお兄ちゃんなんかよりもっと大きくて、絶対的な存在になっていたのかもしれない。小さく頷いてしまった時、もう戻れないと確信した。もう、あのころのあたしとなるほどくんとの生活には、戻れない。なんていったかさえ忘れてしまうほど動揺したあたしは急いで事務所から出て、ドアの前に立ち尽くした。もう絶対に、戻れない。


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