「王泥喜くんのさあ、なんでも見透かすところがキライ」


きっぱり、と告げられた言葉に衝撃が走る。キライ、きらい、嫌い。その三文字が悶々とこだまする、ウザイ、とかならまだ言われたことがあったけれど、こうもきっぱりと目の前で断言されてしまっては心が折れそうだった。そんな俺の様子を彼女…名前は特に気にする様子もなく足の指にマニキュアを施す。何でも見透かすなんてそんな、嫌いなんてそんな、ぐるぐる、ぐるぐると思考が回り、目も回ってきた。ああ何でだ、俺は何をしたんだ。



こんな話になるのに至った理由は数分前まで戻る必要がある。時は仕事が暇になった水曜日の昼下がり。このなんでも事務所で一人我が物顔で紅茶を飲み、寛いでいる女性が俺の大学生からの友達で、俺の、好きな人である苗字名前だ。大学生からの、といっても出会いは名前のバイト先の喫茶店で、たまたま入ったところで出会ってたまたま、その、なんだ、好きになって俺から猛アタックしたってだけなんだけど…。とにかく、彼女はそこで寛いでいたのだ。特に珍しいことではないけど、今日の相談はなんと、職場の先輩に告白されたなんて、そういう話だった。

「王泥喜くん、どうしようか」
「どうしようって、それは、」

確かに、名前は魅力的だし、可愛いし、この数年間彼氏がいなかったことの方が驚きで、その先輩も話に聞く限り…かっこいいみたいだし…俺にどうこういう権利なんて…。
と、段々ネガティブになってくる俺の思考。やめだ、やめよう。そんな、どこの馬の骨かもわからない男に俺の初恋を取られるなんてたまったもんじゃない。

「お、俺は!やめたほうがいい…と、思う」

「ふうん、どうして?」

にやにや、と効果音がつきそうなほど楽しそうな顔で名前が聞いてくる。…そうだ、この女は俺が名前に好意を持っていることを知っていながら、こうやって遊ぶやつなのだ。

「………」

「ごめんって、王泥喜くん、拗ねないで〜」

思わず押し黙る俺に名前の手が髪の毛に触れる。あ、あさせっかく頑張ってセットしたのに…。
あんな男に取られるくらいなら、だって、そんな、ずっと俺の方が好きだったんだし。頭に置かれた細腕を優しく掴む。ふう、と一呼吸を置く。真剣な顔で。まっすぐ名前を見据えて。
ついに俺は決心して、この流れに任せて告げることにしたわけだ。俺の、精一杯の言葉で。

「その先輩より、俺の方がいいと思う」




そして冒頭に戻るわけだ。真剣な俺に見つめられた名前は確かに動揺してた。びっくりしたときの、左の裾をぎゅっとつかむ癖も、確かに見えた。確かに動揺していたのに、あっけらかんとして彼女は言うのだった。キライだ、と。


「ど、どうして、だ名前…」
「どうしてって…そのまんまだよ」


一世一代の告白(めいたもの)を一蹴されて、心が折れる。もはや、折れている。それでもなお、笑い続ける彼女。


「うーん、隠しゴトできないからさあ」
「…ごめん」

へらり、へらりと彼女は笑う。俺の心の中はそんな穏やかなものじゃないっていうのに!


「大丈夫じゃないのに大丈夫大丈夫っていうし」
「…」

「王泥喜くんは隠しゴトばっかできるのに、あたしは見抜かれるなんて…ずるいでしょ?」
「え、」

「…なのに、肝心なことは見透かしてくれないしさ」


マニキュアが終わった足をひょいとほっぽり出す。一文字に結ばれた唇。拗ねているのは明らかに彼女のほうだ。彼女のいう肝心なこと、とは。
呆然と名前を見つめる俺の視線に気づいたのか、名前もこちらをじいっと見てくる。じりじりと、お互いの顔しか見えなくなってどんどんどんどん近づいてくるような錯覚。やがて彼女は、はあ、とひとつため息をついて、口を薄く開ける。二回に分けて開かれた口。しかし音はない。わずか3秒にも満たない行動に、俺は目を丸くする。やがて、それが何かを伝えるための口パクであることに気づき必死に口の形を思い出す。

……。

「…っえ、名前」
「…ちょっと、遅いんだけど」

しきりに髪の毛を耳にかける仕草は、名前がよくする照れている時の、仕草。思い違いでは、ないのか。でも、たしかに。いや、俺の自惚れなのか。すぼまれた唇と、横に伸ばされ歯が少しだけ見えた唇。その二つが示すものとは。

「…ねえ、まだ見透かしてくれないの?」

両腕を使ってにじりにじりと少しずつ縮まる距離。試すように、恥ずかしそうにする表情。揺れる瞳。俺は、自惚れてもいいかもしれない。


「…大丈夫、です」


やっと出てきたのはそれだけだった。何が大丈夫なんて、自分でもそんなの知らない。こんなのムードもへったくれもない。ただ、口に出てしまったいつもの口癖。それを聞いた彼女は少し驚いて、それで、「…馬鹿じゃないの」と笑った。




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王泥喜くんにはなんとなく意地悪したい願望があります


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