家に帰ってきた名前はというとそれはもう意気揚揚としていた。鍵を使って控えめに開けたドア。御剣はまだ帰ってきていないらしい。手の中のキーホルダーをふたつ握りしめ、ぽすっとソファへダイブする。

「真宵ちゃん…成歩堂法律事務所…」

出来たばかりの友達と、ある場所の名前を口にする。成歩堂法律事務所なんて、聞いたことがない。法律事務所というのだから、御剣さんに聞いてみたらわかるだろうと呑気に考えていた。あのちょんまげの女の子、着物のようなものを着ていた女の子。目をつぶると先ほどまで一緒だったあの子の笑顔が浮かぶ。楽しい休日だったと、有意義な時間だったと思う。頻繁に外に出るのもいいかもしれないと思った。




▽△▽



「苗字くん、起きたまえ」


とおくで御剣の声がした。はっと目を開けるとぶつかる目線。いつのまにか、寝ていたようだ。窓を見るとすっかり暗い。名前はあわてて「すみません、」と謝る。

「うム、かまわないが…何かいい夢でも見ていたのか?」


はて、これといって夢のようなものを見た記憶はない。頭にはてなを浮かべ御剣を見つめると、言葉に詰まって目をそらされる。

「いや、そのだな。カオが幾分和らいだように…見える」

その言葉に、思わず両手で頬のあたりをさする。普段硬いといわれる表情筋が、確かにすこし和らいでいるようだった。その理由はもちろん、今日出会ったあの女の子。名前は珍しく、ぱっと花が咲いたように(と、いうのはだいぶ大袈裟だが)御剣に話しかける。


「あの、今日公園行ってきて、友達が…できたの」

「ほう…それは良かったな」


あまりみない表情と、大分高い声のトーンがもの珍しいというように、御剣は名前を見る。自分の知る限りでは自分と糸鋸刑事くらいしか外部の知り合いがいないだろうと予測していた彼女からの友達の報告。どうみたってそれは嬉しそうで、思わず我が子を慈しむような感情が沸いてきた。顎に手をやり、考える。名前のような大人しい子と仲良くなるトモダチ…一体、どんなトモダチなのだろうか。考えてる間に名前から発せられた、「綾里真宵ちゃんって、いうの」という言葉に御剣は目を大きく見開く。綾里、真宵。御剣の人脈ではただ1人、旧友成歩堂と一緒にいるちょんまげの女の子しか知らない。

「…どんな子なのだ?」

「着物みたいな服をきて、変わった髪型をして、…すごく、明るい子」


もう、最初の着物みたいな服という言葉だけで確信する。そんな奇抜な出で立ちのアヤサトマヨイなんて、この世でたったひとりだ。そして御剣は頭を抱えそうになる。…いくら今は関係が修復したとはいえ成歩堂といる女の子だ。悪い子ではないだろうが、少々頭が弱い。また、名前に悪影響はないだろうが、それでも少し心配だ。御剣の中の綾里真宵は特段良いという印象ではないらしく、うんうんと密かに名前を心配する姿はもはや父親そのものだった。名前が成歩堂龍一と出会っていることは、彼は知らない。

「そ、そうか。」

「それで、その。成歩堂法律事務所って、どこ?」

綺麗にあたまの上にはてなマークを浮かべ聞いてくる名前に御剣は今度こそ頭を抱えた。おそらく、綾里真宵が自分のところへ遊びにこいなどと唆したのだろう。…成歩堂法律事務所。それは紛れもなく成歩堂龍一がいる場所だった。ぐっと押し黙ったまま何も答えない御剣に、御剣さんは知らないのかと名前はあからさまに肩を落とす。それをみて、またぐっと言葉に詰まる。こんなに残念そうなオーラを出す彼女を見て、何も思わないわけがない。ここで御剣は心に決める。もし、成歩堂龍一と関わってなんらかのことに巻き込まれたら、自分が助けに行くと。

「し、知りあいのところだ。今度案内しよう」

「…ありがとう」

その言葉に、名前はやはり浮き足立つ。近いうちに、また会える。真宵ちゃんに。ふふ、とほんの小さく笑うと手の中に感じる違和感。思い出した。お土産の存在を。会話が一区切りされ、キッチンへ行こうと踵を返す御剣のスーツの裾を、名前はおずおずといったように掴む。少々つんのめった御剣は興味深そうに振り返る。


「あの、これ、…お土産」

「ム…こ、これは」

「…トノサマンとか、知らないかもしれないけど、その、感謝の気持ち」

「苗字くん…トノサマンの良さがわかるのか」

「えっ」

間違いなくしらないであろうと思ったトノサマン。しかしそれは大きな間違いだった。名前と同じように普段は硬い表情筋も、眉間のヒビも、この時ばかりは緩んでいた。その意外すぎる反応と返答に、名前は戸惑う。

「毎週、見てる」

「…そうか、私もトノサマンは好きだ。」

「あの、今日公園でイベントショーやってて…」

「こ、これは…ッ」

「…え」

「イベント限定ではないか!」


きらきらと、子供のように目を輝かせる御剣。御剣のようなかっちりとした男性が、子供向け番組のグッズ片手にわなわなと震えている。どう見ても不釣り合いな組み合わせに、さらに意外さと御剣の若さを感じて笑う。目を大きくさせて、穴が開くほどキーホルダーを見つめている。そんなに、見なくても…。

「ム、シツレイした…礼を言う」

「いえ、」

「…否、あ、ありがとう…だな」

「……どういたしまして」

ぎこちなくされた感謝の言葉に、名前は嬉しくなる。今日のわたしはついてる、と思った。真宵という友達ができ、感謝の気持ちとして見繕った品が相手の好みどんぴしゃだったのだ。嬉しい。些細な贈り物ではあったが、大事そうに扱う御剣を見てさらに嬉しくなる。プレゼントして、よかった。


「飾っておこう」

キーホルダーは飾るものじゃないですよ、と言いそうになったが、滅多に見せない柔らかい表情で髪を撫でてくる御剣を見たら、もう何も言う気はしなかった。


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