しばらく平穏が続いた土曜日の午前中。名前は珍しくも街に出ていた。街といっても、マンションからそう離れていない公園。今日は人気アニメ、トノサマン・丙のイベントらしい。毎日ていたらくな生活を過ごす名前にとって、毎週日曜の朝8時はなんとなく特別な時間だった。はじめは子どもが見るようなお子様番組、そう思っていたのだが、これがどうにも面白い。

「わあ、」

小さい子どもたちに混ざって、少し大きな等身。周りがほとんど子供連れなせいか、名前のような年代の子は全くと言っていいほどいなかった。…けれど、ここには知り合いもほとんどいない、はず。名前は少しだけわくわくしながらトノサマンの登場を待っていた。


色とりどりの装飾がされた簡易ステージ。きらきらと輝く飾りたちに流れるトノサマンのテーマ。名前を含めた子どもたちは大はしゃぎだ。


「トノサマンが来たあ!」

その高く愛らしい子どもの声を引き金に、いっそう周りが騒ぐ。ステージの端からみえるのは、間違いなくトノサマン・スピアー。名前は名前で生で見るステージショーに存分に期待している。


「ほんもの、だ…」


テレビで見るのと同じ、体格のいいトノサマンだ。子どもたちを喜ばせるように、華麗な動きで場を盛り上げる。子どもたちの中のヒーローなのだ、みんなそれはもう大盛り上がり。かくいう、名前も。

「お姉ちゃん!かっこいいね!」

「えっ、そ、そうだね」

不意に、隣にいた保育園生ほどの男の子が元気よく声をかけてくる。誰にだって話しかけたくなる、そういう年頃なのだろう。こんな小さな子どもにさえ吃ってしまう自分に恥ずかしさを覚える。みんなの目線はもうトノサマンしか捉えていなくて、名前はちらり、と周りを見やった。


「きゃー!トノサマンだ!トノサマン!!」

明らかに、この子どもたちの群れにはそぐわない、大きな声が聞こえた。声のした先を見ると、そこにはなんだか現代では見ないような奇妙な服装と髪型をしている女の子。その出で立ちと、自分と同じくらいの女の子がいる驚きに、思わず釘付けになる。名前からの熱い視線に気付いたのか、目が合ってしまった。合うやいなや、きらきらとした笑顔を浮かべてずんずんとこちらへ歩いてきた。「え、」と名前は焦る。あんまり、話す得意じゃないんだけどな…。


「ねえ!あなた!トノサマンのイベントにきたの?」

「は、はい…」

「やっぱり!あたしもね、来たの!こんなところで歳近い子と会うの初めて!」

「そ、そうなの」

「ねえ、名前なんていうの?あたし、綾里真宵!よろしくね?」

「あ、あの、えっと」


はきはきと元気よく話す女の子に、思わずたじろぐ。こんなにテンションの高い子と話すの、いつぶりだろう。緊張して何も話せない名前に、うん?と女の子、もとい綾里真宵さんは顔を見上げてくる。


「え、と…苗字名前です」

「名前ちゃんかー!よろしく!うれしいなあ、トノサマン友達できちゃった!」

あはは、と可愛らしく笑う女の子。どうやら、友達になったらしい。友達…なんとも聞き慣れないワードが頭の中で反芻する。

「ねえ名前ちゃん、いくつ?」

「17、です」

「あ!あたしのがちょっとだけ年上だ!でもあたしのことは真宵ちゃんって呼んでね?お姉ちゃんでもいいよ?」

「ま、真宵…ちゃん」

いたずらっぽくいう真宵に、やはり名前はたじろぐ。こんな短時間で、こんないろんな意味で濃い人に会うなんて。んふふ、と笑いながら真宵はトノサマンについて熱く語り出す。どこがかっこいいだとか、先々週のあの技がなんとか、とか。聞けば聞くほど名前には親しみやすい話ばかりだったので、思わず名前も喋り出す。「あのときのトノサマン・さみだれ突き、シビれるよね!」他人をまったく恐れない人懐っこさに、名前も次第に仲良く話せるようになる。一緒にステージショーを見て、一緒にグッズを買ったりして、…ほぼ名前が真宵に引っ張られたようなものだがそれでも、友達の少ない名前はほとんどが初めての経験だった。

「名前ちゃん、今日はありがとう!たのしかった!」

「ううん、こちらこそ」

いつの間にか敬語もとれて、ずっと仲良くなったらしい。にこにことしていた真宵だったが、先ほど一緒に買ったグッズのことを思い出してニヤリと不敵に笑った。

「名前ちゃん、そのイベント限定キーホルダーどうして2個買ったの?」

「えっ」

「もしかして…もしかして?」

にやにや、とそれはもう悪い笑顔を浮かべる真宵に名前は察して必死に弁護する。


「ち、ちがうよ!…あの、お世話になってる人に、」

「なぁーんだ!コイビト、かと思ったのに」

そう、こっそりと御剣の分まで買っていたのだ。もちろん、御剣がこんな子供向け番組が好きだとは思えないし、むしろ知らないとは思っているが…。一目見て気に入ったデザインのキーホルダー。何かお礼をしたかったのだ、御剣怜侍に。
真宵は露骨に残念そうに肩を落とす。コイビトなんて、とありえない言葉にでさえ顔が赤くなる。ただの、感謝の気持ちだ。


「今度、みそラーメン食べに行こうね!」

「う、うん」

「あ!連絡先!…うーん、あたしいま手ごろな紙持ってないんだよね」

「わたしがアドレス書こうか?」

「…いや!いいや!あたし、向こうの方の成歩堂法律事務所ってところでお世話になってるからさ、よかったら来てよ」

「成歩堂、法律事務所…」

「うん!あ、中になんかデカいツンツンがいるけど、気にしないでね!」


デカい…ツンツン。必死に身振り手振りで伝えようとする真宵にくすりと微笑む。背が高くてツンツンなんて、どこかでそんな人見たなあ、流行りなのかななんて思いながら。


「うん、わかったよ」

「それじゃあ、またね!」

「またね、真宵ちゃん」


ぶんぶんとこれまた元気よく手を振る真宵に控えめに手を振り返す。くるりと向きを変え、家路を急ぐ。いうまでもなく、名前の足どりはとても軽やかだった。

ともだち。友達。その響きにふふ、と笑みがこぼれる。家に帰ったら、御剣さんに話そう。そして、お土産渡そう。綾里真宵という女の子の存在は、確実に名前の世界に深く刻まれた。


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