その後、阿江無は涙ぐみながら喜んだ。これは謝礼ですといって数百万が入った分厚い封筒を渡してきた。謝礼といえどそんなものは受け取れない、と固く拒否したが阿江無ははは、と笑いながら言った。
「これ、私からじゃないんです、教え子がね、自分のアトリエを売ったんだそうです。」

アトリエ?聞くとその教え子は近くの芸術高校に通っているのだという。使わずとも受け取ってもらわないと、私がとても怒られてしまうのですよ、と笑う彼の姿もまた品があった。渋々御剣は封筒を受け取り、あとで金庫に入れておこうと考えた。

では、3日後に教え子を連れて伺いますねといって阿江無は去っていった。

ふう、とソファーで一息ついた時、改めて大変なことを引き受けてしまったと御剣は感じた。だれかと共に生活することは彼にとってとても慣れないことだった
何をすれば良いのかわからないし、仕事に追われているので家を空けることも多い。大丈夫なのだろうか、と頭を抱えながら特にやらなくてはいけないこともないのにデスクへ向かった。



そして来たる3日後。
御剣は柄にもなく緊張をしていた。この3日間あまり仕事に集中できていない。この日が、それほど不穏に感じていたのだろう。
夜8時、その時間に阿江無が教え子を連れてくるのだという。御剣はデスクに座って目を閉じ、考えていた。
阿江無から自分の仕事の話は聞かされているだろうから、そんなに心配することはないと自分に言い聞かせていた。

不意にインターホンが鳴る、時間は20:00。ぴったりである。
御剣は少し重い足取りで玄関へ向かった。

「こんにちは、怜侍くん。今回は本当に感謝しています。こちらが教え子の苗字名前です」
阿江無の後ろに隠れるようにいた一人の、高校生にしては幼い顔つきの少女。御剣は教え子が女だということに少し動揺した。

「あ、ああ…構わない。私は御剣怜侍だ。」
一礼をして中へ向かい入れる。
荷物は女性にしてはかなり少ない。しかし、美術関係の荷物は多いようだった。

「…あの、はじめまして、よろしくお願いします」
人見知りなのか、体を小さくして申し訳なさそうにする少女の表情はどことなく阿江無に似ていると御剣は思った。

「すみません怜侍くん、私、これから病院に行かなくてはならなくて、」と、阿江無は苗字名前の頭を少し撫でてもう一度謝罪をした。よろしくお願いしますと。

「そうでしたか、お気をつけてお帰りください。」

御剣が言うと感心したように礼をしてばたん、と扉は閉まられた。
しん、と一瞬だけ訪れた静寂。さて、これからである。

くるりと向きを変え御剣は少女を用意した部屋に案内する。荷物を置かせて家の中を軽く説明すると少女が口を開いた。

「あの、御剣さん」
か細いソプラノが紡がれる。「本当に、迷惑をかけてごめんなさい」と。


まだ少女であるのに自分のような顔も知らない男の家に住むことになったのだ、かなり気を使っているらしい。

「……構わない。君は、絵を描くのだろう?その部屋は自由に使ってくれ」
なるべく、優しい声で言ったつもりだが、彼女は少し怯えているようだった。
そして、あの、これ。といって手紙を渡された。阿江無からのものらしい

ありがたく受け取って、少女を風呂に入れて、その日は終わった。

その夜中御剣は自室で忙しなく資料を開いていた。隣の彼女の部屋からは物音ひとつしない。思い出したように御剣は数時間前に渡された手紙を取り出す。
内容は主に感謝の言葉だった。家事全般は彼女がやってくれるらしい。

やはり御剣の不安は拭えなかった。女性の扱いはまるで慣れていない。ううむ、と考え込むが解決策は特にない
気は全く進まないがそのうち、友人である矢張に相談することになるかもしれないと感じた。




top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -