試験も無事終わり、夏休みに入った。なんとか赤点はクリアしたし、なんなら数学は平均より上だった。それもこれも本当に御剣さんのおかげだとつくづく思う。夏休み前最後の登校で、友達と話して、しばらく会えないの寂しいねなんていいながら別れたのはもう1週間も前のこと。半年前のわたしなら考えられなかった光景だ。夏休みは特に予定もなく、たまに真宵ちゃんが遊びにきてくれたり、のんびりひとりで絵を描いたり、御剣さんとお話をしたり、そんな日々を過ごしている。

御剣さんは大人なので、わたしと違って相変わらず日々お仕事をしている。時には大量の資料を持って眉間にヒビを刻みながら夜遅くに帰宅することもある。ほんと、すごいなあ。
こんなに忙しくしているなんて、検事という仕事はそれほどまでに激務なんだろう。まだ若いのに御剣さんはお仕事でもかなり期待をされていそう。見るからに優秀そうだもん。…あれ、そういえば、御剣さんっていくつなんだろう。
はて、と考え込む。一緒に過ごし始めてしばらく経つが、わたしは御剣さんの年齢を聞いていない気がする。今まで聞く機会がなかったし、そんな会話もしていなかった。御剣さんはわたしの年齢を知っているけど、わたしは知らない。成歩堂さんと仲がいいみたいだから、2人は同い年なんだろうか。今まで気にしたことがなかったけど、考えてみると気になって仕方がなかった。30歳くらいかな、落ち着いているし。聞いてみたいけれど人に年齢を聞くのはなんだか失礼な気がして、わたしから尋ねることは難しそうだ。ううん、でも知りたい。どうやったら知ることができるんだろう。免許証を見る、とか…いやいやそんな怪しいことできないし身分証を勝手にみるなんて失礼すぎる。それとなく、それとなく知りたいのだけど……




「…もしもし、真宵ちゃん?」

考えた末に辿りついたのは、友達である真宵ちゃんに聞いてみることだった。御剣さんと成歩堂さんは仲が良い(たぶん)し、成歩堂さんと真宵ちゃんは仲が良い。成歩堂さんに聞くのも少し躊躇われるから、仲の良い真宵ちゃんに聞いてみることにしたのだ。さっそく電話をかけて3コール、ほどなくして真宵ちゃんのぱっと明るい声が携帯を通じてわたしの耳に聞こえてきた。

「あ!名前ちゃん!どうしたの?」

名前ちゃんが電話してくるなんてめずらしいね!という声に曖昧に笑って、唐突だけど己の疑問を恐る恐る聞いてみる。


「うん、あのね、真宵ちゃん……御剣さんっていくつか知ってる?」

しんと静まりかえってしまって、一瞬通話が切れたのかと思った。あれ?と思って画面を見るも通話中。真宵ちゃん?と問いかける。

「え、え、名前ちゃん!知らないの?!」
「えっ…う、うん…」

数秒後に、電話越しでも部屋に響き渡るような大声が耳をつんざく。思わず携帯から耳を離す。やっぱり、知らないのっておかしいことなのかな。

「一緒に住んでるのに?」
「うん…知る機会なくて、でもなんか今更聞けなくて」

カオを見ていないのにあんぐりと口を開ける真宵ちゃんが容易に想像できた。


「そっかあ、御剣検事はなるほどくんと同い年だよ!2人はおさななじみだから」
「やっぱりそうなんだ、仲が良さそうだもんね」


「うん!えっとねーたしかなるほどくんは………」


また、声が止まった。でも今度は無音じゃなくて微かに遠くの方でうーんうーんと悩む真宵ちゃんの声が聞こえる。思い出しているのか、と何も言わずに返答を待っていると真宵ちゃんが楽しそうな声で「名前ちゃんが直接聞いたほうがいいよ」と言うのだった。

「ええ、でも、失礼じゃないかな」
「まっさかあ。御剣検事なら喜んで教えてくれるとおもうよ?」

喜んで、とはいささか想像のできない光景だが、有無を言わさぬようにうんうんそれがいいよ!それじゃあがんばってね!と一方的に電話を切られてしまっては困りものだ。ツー、ツーと鳴る無機質な電子音を聞きながら、真っ暗になった携帯を画面を見つめて項垂れる。真宵ちゃんなら、教えてくれると思ったのに。でもいじわるで言ったわけじゃないのはわかってる。あの声色は完全に楽しんでいた。真宵ちゃんのことだから、まだわたしと御剣さんに何かあると考えているんだろう。そんなの、まったくないのに。
ふいにポコンと通知が鳴ってメールを開くと、真宵ちゃんが"ちなみに名前ちゃんは御剣検事いくつだとおもう?"とメッセージを残していた。20…少なくとも後半だろう。35くらいには流石に見えないけど、20代にはない落ち着きが確かに感じられる。それに成歩堂さんと同い年なら、やっぱり35はないだろう。うーんでも成歩堂さんは27歳くらいに見えるなあ。自分の中の最低ラインとして、やはり30歳くらいかなあと思ってそのまま返すと、真宵ちゃんからの返信はなかった。






「ただいま帰った」

夜になって、比較的早い時間に御剣さんが帰宅していた。最近の仕事で疲れているのか、こめかみに汗を滲ませて鞄をソファに置く。眩しいほど白いヒラヒラのシャツを、鬱陶しそうに指で緩めた。その一連の動きにとてつもない大人の色気が垣間見えて、なんだかこちらが恥ずかしくなった。言葉数の少ないわたしに気づいたのか、御剣さんは小首を傾げながらわたしを見つめる。き、聞きづらいけれど…聞くしかない、よね?


「あの、御剣さん、今更なんだけど…」

「なんだろうか?」
「御剣さんって…おいくつなんですか?」


ピシッと御剣さんが固まった気がした。や、やっぱり大人に年齢の話はタブーだったか、そうだよね…うん。あわてて謝ろうとすると、御剣さんがごほんと咳払い。

「あー…ろくに自己紹介もしていなかったのか、すまない、……26、だが」

「にっ、」


にじゅうろくさい……思わず声に出そうだったのを必死で止めた。いや、少し出てしまったけど。26さい……には、見えない。いやでも成歩堂さんは26歳だ…あまりにも御剣さんが大人っぽすぎて、勝手に成歩堂さんが少し幼く見えていた。固まったまま考え込むわたしを見て、御剣さんが眉間にヒビをつけてしまった。

「……そんなに上に見えるだろうか?」
「いえ!そのようなことは…!」

あの、なんというか、大人の男性というか、その大人の色気といいますか!あのとてもかっこいいですので!と謎に敬語で答える。大人の色気、ときいて今度は御剣さんが目を見開いて固まってしまった。そしてまた、つい最近見たあの顔。勉強を見てもらったとき、数センチほどになった距離を感じたあの顔、だ。それを理解して、また自分が勢い余って恥ずかしいことを言ってしまったことも理解した。御剣さんが何も言わずに黙り込むものだから、それはかとなく気まずい空気。思わず俯く。最近、こんなのばっかり。御剣さんを見ていると、ふとぎゅっと心の臓が掴まれたような感覚になる。たまに、御剣さんから目を離せなくなるときがある。もしかしてわたしはなにか病気になってしまったのだろうか。


「ま、まあ、よく言われることだから気にすることはない」

妙に熱い頬を手で触りながら、はい、と答えた気がする。あたまがぐるぐるして何を答えたかわからなくなってしまった。26歳、わたしは17歳。その9歳は、十代のわたしには大きく感じた。思ってたより歳は近かったけれど、なんだかまた胸の奥の方に鉛がのしかかったような気がした。



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