土曜日は糸鋸刑事の捜査に付き合って休日出勤をしていたのだが、帰宅するとソファでぐっすり眠りこける名前くんを発見した。お風呂に入ってそのまま寝てしまったのだろう半乾きの髪の毛を乾かそうともせずぴくりとも動かない。あまりにもぐっすり眠っているので一瞬気絶したのかと思ったくらいだ。今日は朝から成歩堂のところの真宵くんと出かけるといって慌ただしく家を出て行ったのを覚えている。丸一日でかけて疲れ切っていたのだろう、だがこのままソファで寝かせるわけにはいかない。仕方なく彼女を横抱きにして自室へと送る。起こさないかと心配したがまったくその必要はなく、どれだけ揺らしても起きない始末だ。ベッドにおろしてしばらく彼女の顔を眺め、サラリと前髪の辺りを触って名前くんの自室を後にする。
よほど楽しかったのだろう、その寝顔は薄ら笑っていて幸せそうだ。真宵くんという同年代の友人ができてから名前くんも少しずつ変わってきたと思う。以前は誰に対しても沈黙したり言葉に詰まることがよくあったが、最近ではあまりその様子も見なくなり、自分から盛んに話題を振ったり会話をしている。いい傾向だと思う。預かった当初はいかにも迷惑をかけません。わたしのことはいないものだと思ってください。と言わんばかりの生活をしていたために、彼女が人間らしい生活を送れるようになったことが素直に嬉しい。過去に何があったとて彼女はいたって平凡な一人の女学生なのだ。故に彼女の心の扉を開いてくれた真宵くんには感謝している。…二人で遊ぶと聞いて、厄介なことに巻き込まれないかとかなり心配していたのも事実だが。



明くる朝、起床してリビングへ向かうといつも聞こえる声が聞こえなかった。時刻は7時半。いつもなら休日でもこの時間には起きて朝食を準備してくれている彼女だが、今日は違うらしい。特に起こす理由もないので自分でトーストを焼いていると、どたばたと廊下が騒がしくなった。

「おは、おはようございます……」
「うム、お早う」

荒く開けられたドアからひょっこり顔を出すのは、昨夜髪を乾かさずに寝たからだろう寝癖をところどころに付けてたった今起きましたと言わんばかりの風貌の名前くんが申し訳なさそうな顔で立っていた。

「御剣さん、ごめんなさい…寝坊しました」
「まったく謝ることではない。よく眠れたか?」

今日もまた休日なのだし、いつもが早すぎるくらいだ。さして気にすることではないと伝えると慌てて顔を洗って焼けたトーストを並べてくれた。

「昨日は楽しかったかね」
「え、…うん!真宵ちゃんと、はみちゃんっていうお友達ができたよ」


はみちゃん、というとおそらく真宵くんのところの綾里春美くんのことだろうか。以前少しだけ会話をしたくらいだが、あのような珍しい服装をする子どもは忘れられない。また新たな友人を作ることができて嬉しいのだろう、昨日のことを思い出して笑いながらトーストを齧る。

「そうか、…なにか面倒ごとに巻き込まれてはいないか?」

念のため、聞いておく。成歩堂周辺の人物に関わると大抵ろくなことが起きないのだ。名前くんは目を大きく開けてぽかんと静止する。すぐに笑い出して、自分の携帯の画面を私に突き出した。

「ううん、見て、昨日撮ったの」

「ほう…」

画面に映るのは年相応に笑う名前くんと真宵くん、そして春美くんがチュロスを持ってポーズをとっている写真だ。名前くんがこんなに自然に笑うのを初めて見た。少々大人びた子だとばかり思っていたが、これを見る限りやはり普通の17歳だ。
次々と様々な写真を見せてくれる。アトラクションに乗る前の緊張した面持ちの春美くん、後ろから急に撮られたのだろうか驚いた顔でこちらを向く名前くん、あとなぜか真宵くんの自撮り。何も起こらず楽しめたということは一目瞭然だった。その姿が微笑ましくて頬が緩む。朝食を終え、名前くんは簡単に身支度を済ませる。朝のニュースを見ながら時計の針が11時を刺した辺りだろうか、突然名前くんの携帯がけたたましく鳴り出した。どうやら真宵くんからの電話のようだ。

「…あ、真宵ちゃん、昨日はありがとう」
「うん、写真、見せたよ」
「…うん、うん…うん?えっ、真宵ちゃ」

ひと通り話終わった、というか突然切られたのだろう。切れた通話画面を見つめ唖然としている名前くん。どうかしたのかと訊くと、「御剣さん…写真を撮らせてください…」と切羽詰まったカオで言われた。

「写真だと…?」
「あの、真宵ちゃんが、送って!って言って電話切っちゃって」

どうやら悪巧みでもしているのだろうか。わかるだろうが私はあまり写真を撮らない。好まないわけでもないが、単に撮る機会が極端に少ないのだと思う。おおかた真宵くんが撮った写真を成歩堂あたりに見せて笑いのネタにするのだろう。正直言っていい気はしないが…名前くんの頼みを無下にすることもできない。眉間にシワを寄せ考えると、名前くんが慌てたようにやっぱりいいです、すみません。というものだから思わず承諾してしまった。名前くんが驚いたように、だが少し嬉しそうにしているから良いが、どういうカオでいたらいいのかわからない。仕方なくいつものポーカーフェイスでいるとぱしゃりと聞こえる電子音。ありがとうとお礼を言って早速真宵くんに送っているようだ。シンプルに悪用されないか、かなり心配だ。

「……えっ」
「…どうかしたかね」
「いっいや…うん、なんでもない」

明らかに動揺しているが、なにか返信に書いてあったのだろうか。まあ特に私には関係ないだろうと紅茶を飲んで新聞を開く。そそくさと名前くんは私の背にあるキッチンのほうに向かう。名前くんが私の背中と共に写真でなく動画で控えめなピースをしながら自撮りをしていることなど、私は知る由もなかった。


-



「あっ来た!見て見てなるほどくん!」


今日は朝から真宵ちゃんが自慢げに昨日の出来事をぺらぺらと話していた。ぼくがあげたテーマパークのチケットを、真宵ちゃんとぼくに最近できた友達、苗字名前ちゃんと春美ちゃんと使ったらしい。ぼくも行かないかと誘われたけど、19歳と高校生に混ざって26歳が年甲斐もなくはしゃぐのはまあ……ないだろう。考えただけでどこかの刑事にタイホされそうだ。というわけで、どうやら3人はしっかりとテーマパークを楽しんだらしい。もう朝から本当その話ばっかりだ。やれあのジェットコースターがどうの、やれ名前ちゃんと御剣の関係が気になるだの、女の子は口がいくつあっても足りないな。…まあ、名前ちゃんと御剣の関係性については同意だが。
そんななかで、もはや適当に聞き流していただけのぼくの目の前にずいっと向けられたのが真宵ちゃんの携帯の画面。背景はどう見ても御剣の自宅だし、御剣の目線はカメラよりもすこし上にずれている。どうやら真宵ちゃんがけしかけて名前ちゃんに御剣の写真を催促したようだ。そこには紅茶片手になんとも仏頂面の件の男、御剣怜侍がいた。まるで証明写真、いや犯罪者の顔写真だ。どんな反応をしたらいいのかわからず、微妙な顔をしていると真宵ちゃんが表情固すぎるよねと笑い転げていた。

「あ!これも見て、名前ちゃんとはみちゃん!この名前ちゃんさっきの御剣検事にそっくり」

そうして次に見せられたのが、今度は春美ちゃんが可愛らしくピースをして、そのすぐ隣でぎこちないピースをしている固い表情の名前ちゃん。なるほど、これは確かに似てるかもな。

「でもなあ、そうじゃないんだよねえ」

ぶつぶつと独り言を言って真宵ちゃんがポチポチとメールを打つ。しばらくして返信が来たのか、真宵ちゃんは勢いよく携帯を開いてにんまり。

「なるほどくん!みて、これはお宝だよ」

「なんだよ……あ」

ふっふっふ、と怪しげに笑ってまた見せてきた画面には、数秒の動画が繰り返し流されていた。
これまたぎこちなく携帯を持ち、軽くこちらに手を振る名前ちゃん。すこし後ろを確認して、名前ちゃんの奥に見える御剣の背中を映し出す。御剣はこちらに全く気づいていない。また画面が名前ちゃんに向けられて、恥ずかしそうにはにかみながら自分と御剣が一緒に映るようにする。そして控えめなピースサイン。…ここで動画は止まった。

「ね、ね、お宝でしょ?名前ちゃんと御剣検事のツーショット」
「まあ、たしかにな」
「かっわいいー名前ちゃん!」

正直いって、その動画の名前ちゃんは可愛らしかった。普段もそうだけど、なんというか、恥ずかしそうにはにかみながら一生懸命写真を撮る姿が甘酸っぱいラブコメを見ているようでこっちが恥ずかしくなる。どうやら真宵ちゃんは名前ちゃんと御剣のツーショットが欲しかったらしい。さながらその姿は付き合いたてのカップルか、まだ付き合う手前の恋する女の子といった感じだ。以前名前ちゃんは否定したけれど、これは案外…あるんじゃないか?


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