ぴろりろりーん、いらっしゃいませー、ありがとうございましたー


ああ、このやりとりが懐かしい。バイトしなかった期間はたかだか1日なのに、今回の1日はやけに濃かったからなあ。別に毎日バイトしてるわけじゃないから1日くらいは全然休みあるけど、昨日だけで懐かしのクセ強お客さま2人とそのお付きのお姉さんに感動的な再会をしたのだ。よりによってうちに来たお客さんのなかで随一くらいに濃い人たち。そんな二人が働いているあの検事局、クセ強の巣窟なのでは?まあとにかく、コンビニでいつものレジ打ちをしながらようやく日常に戻ったという感じだ。

珍しく清々しい気持ちでレジ打ちをこなしていると、目の前にいきなりどんっと缶コーヒーが置かれた。おいおい、雑なお客さまだなあとおもってその缶コーヒーから徐々に上に目線を上げると、

「来てやったぜ」

そこにはドヤ顔の少年検事、紛れもなく一柳弓彦くんがいた。ええ、来るって言ってたけど昨日の今日だよ早くない?

「弓彦くん、いらっしゃい」
「名前!オレが来たんだからもっと喜べよな」

指揮棒でつんつんされる。指揮棒はそういう使い方じゃありません。どうしてこう弓彦くんはこんなに偉そうなのだ。小さな子ども相手にしてるみたいで可愛らしいからいいけどさ。というか、名前呼び捨てなんだ、わたしのが年上なのわかってるのかな。


「はいはい、この缶コーヒー買うの?」
「おう!」
「弓彦くん、…飲めるの?」

あまり似合わないというか、弓彦くんならそれこそ苺オレとか飲みそうだ。子ども舌っぽいのに缶コーヒーなんて意外だ。飲めるのかと聞けば、しばらくあってまあ、一流検事だからな!と言われてしまった。…今の間はなんだい。

「まあいいけど、一点で120円です」

お金を受け取って、おつりも渡す。弓彦くんは缶コーヒー片手にコンビニを出た。来てやったぜ、って本当に来ただけなんだな。
まあいいか、と思いながらまたちょっとレジを捌いて暇になったころ、コンビニの前の掃き掃除でもしようとほうき片手に店を出る。


「……なんで来ないんだよぉ」

びっくりした。そこには、飲みかけの缶コーヒー片手に泣きそうになりながら棒立ちしている弓彦くんがいた。むしろすでに泣いている。

「えっ弓彦くんずっといたの?」
「オマエがついてくるかと思ったら来ないし、待ってるしかないだろ…」

ええ…ずんずんと歩いて出て行ってしまうから普通に帰ったのかと思ったよ、あれ、ついてこいの意味だったの?わかるわけなくない?…まあでも、悪いことしたな、まだ肌寒いし。

「ええごめん……もうすぐ上がりだから待っててよ」

ちょうど勤務も終わりの頃だったので、掃き掃除も忘れて店にとんぼ返り。後ろで弓彦くんのおう!という嬉しそうな声が聞こえた。学生…いや、検事?って暇なのかなあ。



しっかり退勤をして、上着を持って外に出る。弓彦くんはすみっこのほうでうずくまってた。やめてよ恥ずかしい。

「弓彦くん、おまたせ」
「遅いぞ名前!」

ぷりぷり怒る弓彦くんにごめんごめんと謝り、あるものを手渡した。

「なんだよこれ」
「寒いしあげるよ」

だいぶ時間が経ったのにいまだ弓彦くんの右手には缶コーヒー。まあおおかたやはり苦くて飲めなかったのだろう。飲めないんでしょ?と聞けば弓彦くんのことだからまたぷりぷり怒ると思ったので、寒いからと言い訳をして温かいミルクティーを渡す。ちなみにミルクティーは独断だ。弓彦くんの髪色がそれを連想させるからである。

弓彦くんは嬉しそうに受け取ると、飲みかけの缶コーヒーをゴミ箱に捨てた。…あ、一応飲み切ったんだ、えらいじゃん。

「気がきくな!名前」
「そりゃどうも、ところで学校は?」

弓彦くんはいつもの制服。真っ青な学生服に鮮やかな赤のジャケットを肩にかけている。今日はど平日のまっ昼間だ。学生が出歩く時間ではない。弓彦くんはさも得意げに指揮棒を振り回す。

「オレは首席だからな!行かなくてもいいんだよ」

いやそんなわけがあるかい。首席だから学校に行かなくてもいいなんてことあるのか?…と、いうよりも弓彦くんが首席なのか?
いろいろとありえない情報に目が点になる。弓彦くんはそれをみてまた得意げにぺらぺらと学校のことを話し出す。
どうやら弓彦くんはテミス法律学園というもう名前からして法曹界を担う若い人材が集まる学校に通っているのだという。私立かなあ、そのへんの公立高校のわたしはあまりその名前に聞き覚えがなかった。それで、この赤いジャケットは主席で卒業した証らしい。え、もう卒業してるの?17歳っていってたけどもしかしてわたしと同じ学年?驚きの事実だ。わたしと同い年には、…まあ、あまり見えない。
そしてまた自慢げに披露されたのが胸についた金色の飾り。

「なあにこれ」
「これはな、検事である証だ!」

いわゆる検事バッジというものらしい。御剣検事さんはこんなの付けてなかったような気もするけど、


「へえ、かっこいいね」
「オマエ、見る目あるな」

適当に褒めればしっぽを振られた。弓彦くんの扱い、わかってきたな。
最年少検事らしい弓彦くんはわたしにたくさん話したいことがあるようだ。お父上は元検事局長らしい。よくわかんないけど偉いっぽい。……あれ、なんか見えない力働いてない?大丈夫?
水鏡さんは部下であり相棒であること。御剣検事さんはライバルだと言っていた。水鏡さんが部下…そうなんだ…てっきり上司かと思ってた。面倒見のいい水鏡さんだ、そういうていで接しているだけかもしれないな。御剣検事さんのほうはなんというか、全然違う。いい意味でも悪い意味でも。きっと向こうはライバルだと思っていないよ、弓彦くん。
でも白の手袋は証拠品に指紋をつけないためにしてると言ってたし、謎の指揮棒も証拠品が危険じゃないかを確認するためのものらしい。後半はよくわからないけど、仕事に対してはかなり誇りを持っている。それに検事のことや、お父さんの話をする弓彦くんはキラキラしていてバイトしかすることのないわたしには眩しかった。弓彦くんはこう懐に入ってくるのがうまいし、偉そうだけどめちゃくちゃフレンドリーだ。いまも夢を語る少年に見えて微笑ましい。ちょっと頭弱いのが難点だけどなんというか憎めない人だなと思った。人望も御剣検事さんとは違った意味で厚そうだ。
その後もしばらく武勇伝を聞かされ、気が付いたらもういい時間。ミルクティーひとつでよく耐えたと思う。


「ところで弓彦くん帰れるの?」
「…連れていけ!」

いやどうやってきたんだよ、と思いながら水鏡さんが探しているだろうしと思い弓彦くんを先導する。まあ、前に立つのは弓彦くんなので側から見たらわたしが先導されている。歩きながらもいろんな話をしてくれた。わたしは聞くだけだけど、弓彦くんが楽しそうだからいっか。あそこでバイトしてなければこんな男の子絶対知り合いにならなかったよなあ。うんうん、弓彦くんはこんなだけどかなりいい子だ。何度も言葉を間違えるし変なこと言うけど。…ほんとうに彼が首席なのか、法律学園っていろいろあるんだなあ。


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