御剣さんがまた検事局に戻ったあと、わたしはせっせと家の仕事をしてお風呂に入って一息ついていた。ふう、と目の前のミルクティーに息を吹きかけて喉を潤す。もう22時だ。御剣さんが出て行ってから5時間が経とうとしている。まあこの時間になることも全然珍しくないから今更心配はしないが、念のためいつもこうやって帰ってくるのを待っている。帰ってこないことは今までなかったけれど、もしそんなことが起こったら心配でたまらないからだ。事故か何かあって帰れなくなってしまったかもしれないし、もしかしたら、わたしに愛想をつかしてもう帰ってくることないかもしれないと考えてしまうのだ。あの優しい御剣さんが、わたしを置いてどこかへ行ってしまうなんてありえないはずなのに、想定してしまうのは今までの経験からだろう。だからこうやって帰りを待つ。顔を見てからでないとなんだかよく眠れない。
御剣さんのぶんのティーカップと茶葉を用意する。そろそろかなあと思っていた矢先に玄関のドアが開いた音がした。

「御剣さん!おかえりなさい」
「ああ、」

夜はまだ冷えるのだろうか、行く時はワインレッドのジャケットらを片手にしていたのにいまはしっかりと着ている。御剣さんの分の紅茶を淹れる準備をしていると、テーブルにどさっと紙袋が置かれた。

「あー、名前くん」
「え?」
「…これを。私からの贈り物だ」

もごもごと言いづらそうに片眉を下げて、目線も逸らしながら紙袋を指差す。いきなりのことに困惑して紅茶をこぼしそうになった。あわてて片付けて、御剣さんの座るところに紅茶を置く。紙袋にはブランドのロゴらしきものが刷ってある。今日は何か、イベントがあったっけ?と思いながら恐る恐る紙袋を開けるとなにやら淡い色の布が出てきた。
広げてみれば、薄い素材のシンプルで使い勝手の良さそうなカーディガンが出てきた。

「これ…」
「…紫外線が苦手や日焼けしたくないなどと説明しておけば、不審がられることもないだろう」

頭が追いつかなかったけれど、どうやら本当にわたしへの贈り物らしい。こんななんでもない日になぜ、と御剣さんの添えた言葉を頭の中で反芻させる。…もしかして、夕方にあんな話をしたから、わざわざ買ってきてくれたのだろうか。


「これ、え、御剣さん、いつ…」
「まあ、つい先ほどだな」

女性の服はわからない、シュミじゃなかったならば捨ててくれと言われぶんぶん頭を横に振る。捨てるわけがない。仕事もあって忙しいだろうに、合間を縫ってこんな素敵なものをくれるなんて。嬉しくてサイズタグもそのままにパジャマの上からカーディガンを羽織る。しっかりと肌は隠れるけれど、薄くて通気性は抜群。いわゆる本当に紫外線予防用のものらしい。サイズはすこし大きめだけど、ゆるく着られて可愛い。制服のシャツにも合いそうな夏らしい爽やかな淡い色がセンスの良さを物語る。

「少し大きいか?サイズがわからなかったから、標準くらいのものにしたのだが…」

そんなのまったく気にならないくらい嬉しい。指先が出るくらいの袖をきゅっと握って、にやけそうな顔を抑えようと堪える。


「ありがとう、御剣さん…大事にする」

にやけた顔は隠しきれなかったと思うけど、気にしていられない。それほど喜びに満ち溢れているのだから仕方がない。たぶん、変な顔していたわたしを不審に思うでもなく満足げに薄く笑う御剣さん。脱ぐのがもったいなくて着たままで二人で紅茶を飲む。

「家の中では着る必要はないだろう」
「そうだけど、嬉しくて、明日着るまで待ちきれないの」

フッと優しく笑われた。遅くまで起きててよかったな。こんな思いもよらない贈り物があるなんて、今日はクリスマスなんかよりも特別な夜かも。ここ最近で一番幸せな気持ちでベッドに入る。心なしか、いい夢が見られそう。








「苗字ちゃんおはよ!あれ、衣替え?」
「おはよう、…そうだよ」

朝起きて早速そのカーディガンを羽織って登校すると、白い長袖シャツを腕まくりにした友人が物珍しそうに聞いてきた。今までブレザー姿しか観てなかったから、新鮮なんだろう。へええ、かわいいねえとカーディガンの裾を触られる。触った感じで紫外線予防のものだと思ったのか、「これいいね!あたしも焼けたくないし、このスタイルでいこうかなあ」なんて笑っていた。御剣さん、ありがとう。夏が嫌いな理由、ひとつ減ったよ。
そのまま滞りなく衣替え期間が終わって、もう生徒みんなが淡い色一色だ。そのなかに混ざれているのが嬉しい。聞かれたら御剣さんが言ったように説明すればいいし、もうどう回避したらいいか考えずに済むのだ。わたしの考え着かない方法で助けてくれる御剣さんに、感謝してもしきれないなあ。わたしもはやく恩返ししなくちゃ、できるときに、できるだけ精一杯の恩返しを。


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