「…以上だ。貴女が見た人物の特徴を教えてくれないだろうか」

まあ簡単にいうと今逃走中の犯人は雑居ビルのエレベーター内で一緒になった男性を何らかの方法でガス中毒死させようとしたらしい。犯人の方はすぐ走って逃走したようだったが、どうやら古い雑居ビルだったからか防犯カメラがなくお手上げ状態だったようだ。
なんかもうきくだけで怖すぎる。テロじゃん。まあどうにかこうにか被害者の方の証言と刑事さんたちの奔走によってわたしの働くコンビニまでたどり着くことができたらしい。ほんと、すごいなあ警察って。あ、そういえば鈴木くんは別日に事情聴取を受けるらしい。
大体の事件の概要を聞いた後で、御剣検事さんに質問された。とは言ってもなあ。

「うーん、ちょっと変だったのは覚えてるんですけど、見た目の特徴はあんまり…」

服装や帽子、体型などは被害者が見ているだろうし、申し訳ないけどあまり役には立てなそうだ。…いやほんとかなり申し訳ない。

「ヘンだった、というのは?」
「ハイター買っていったんですよ、コンビニにハイターって置いてるの知ってます?わたし知らなかったですよ」

うんうん、と頷くわたしを見て、糸鋸刑事さんが「し、知らなかったッス!」と興奮気味に言ってきた。そうだよね、最近のコンビニってすごいよね。

「……なるほど。」

しばらく御剣検事さんが考え込む。この人、すんごい綺麗な顔してるなあ。そういえばうちのコンビニに来る人ってけっこう顔がいい人が多いような。成歩堂さんもなかなか綺麗な顔だし、成歩堂さんのお友達のマヨイちゃんもそれはもう可愛らしい顔してた。でもこの御剣さんの顔の良さはなんかもうベクトルが違う。これがオトナの色気というものか、絶対モテるだろうなあ。「今日はもう帰ってくれて構わない」…えっ?

「えっいいんですか?いやまあ全然役に立ててないですけど」
「いや、有力な情報だ。ハンニンがどうやってガスを発生させたのか、謎だったのだ。」
「はあ、」
「だがたった今解決した。犯人もじき捕まるだろう」

なにをどうしたら捕まるになるのかわからなかったけれど、まあこの賢い頭ではルートが確定されたらしい。頭の良くないわたしはもうちんぷんかんぷんだ。たちどころに書類が整理されて、さっさと部屋から追い出されてしまった。それはもう深々と頭を下げる御剣検事さんを見ながら、まあ捕まるなら良かった、とひとりごつ。帰りは糸鋸刑事さんが送ってくれるようだ、大変だったッスねえ、ほんとですねえなんて談笑しながら歩いているとどんっと誰かにぶつかった。ついでに主張の激しいアホ毛がわたしの顔面にぶち当たった。

「おい、危ないぞ!」
「うわ、すみませ…ん?」

あやうく毛が目に入りそうになって涙目になりながらぶつかった相手を見ると、いやどこかで見たことある。この眠そうな目に柔らかい茶色の髪の毛、赤いジャケット、そして……片手に掲げる指揮棒。

「あっ」
「? 誰だ?ここは部外者は入れないんだぞ」

指揮者さん、と声に出しそうになって踏みとどまった。デジャヴだ。危ない、またさっきの御剣検事さんのように深いヒビが刻まれるところだった。一体全体どうしてうちに来た(変わった)お客さんが次々出てくるんだろう。……というか、覚えてないのかわたしのことを。道案内してあげたでしょう。あれ、彼がここにいるということは、ここがあの検事局?車の中だったから全然わからなかったけど、来たことあるじゃんわたし。

「ええまあ、関係者と言えば関係者かと」
「……そうか!」

ならよい、と言わんばかりに片手の指揮棒をフンフンと振り回す。相変わらずゆるいなあ。これわたしが嘘ついてたらどうするんだろう、警備体制ゆるゆるじゃない?いつかサイコーマートで出会った青年を心配していると、その後ろからこれまた見覚えがある豊満なお姉さんが出てきた。う、美しい………

「あら、貴女は……」
「なんだ水鏡知り合いなのか」

「弓彦さん、以前弓彦さんを検事局まで送り届けてくれた人ですわ」

豊満なお姉さんのほうはわたしのことを覚えていてくれたらしい。なんてことだ、わたしもあなたのような美しい女性しっかりと覚えています。美人に覚えられていた嬉しさを噛み締めていると、指揮者さんがはてなを浮かべる。そして、たっぷり3秒。

「…あ!アンタ、あのときのか!」
「えっ思いだしてもらえましたか」

しっかり忘れているだろうなと思っていたから、急に思い出されて驚いてしまった。指揮者さんは得意げに「最初から気づいていたけどな!オレは一流検事だからな」とか言ってたけれどそれはさすがに無理があるだろう。
ウンウン、と生暖かい微笑みでユミヒコさんを見つめる。そういえば検事がどうの言ってたな。え?あれマジで言ってたのか。年下だったしなんていうか憧れのそれで言ってるのだとばかり思っていた。

「また貴女に迷惑をかけてしまいました。どうかお許しを」
「いえいえ、ぶつかったのわたしですし」

「わたくし、水鏡秤と申します。あの説は大変お世話になりました」

水鏡秤さん。美人は顔だけでなく名前すらも美人だ……。うふふ、と細い手を口元に持っていき上品に笑う水鏡さんが眩しすぎる。後光が差している。それですごい髪型、これはもう水鏡さんレベルの美人でなければ似合わないだろう。深々と頭を下げる水鏡さんにあわてて顔を上げるように促す。

「いやいや!わたし、苗字名前といいます!そのへんのサイコーマートで働いてます。あのときはアメちゃんありがとうございました」
「オレは一柳弓彦だ!ま、知ってるだろうがな!」

いや知らんがな。フン、と満足げに自己紹介をする弓彦くん(年下だしこう呼ばせてもらおう)に適当に笑みを返す。それをずっと会話の外で見ていた糸鋸刑事さんが、「アンタら知り合いッスか?」と首を捻っている。…ごめんなさい糸鋸刑事さん、存在忘れてました。

「知り合いかと言われたら微妙ですけど、いま知り合いました」
「アンタ、御剣検事のことも知ってるみたいッスし、カオが広いッスねえ」

感心された。まあたしかにこの短期間で(わたしの一方通行だけど)顔見知りに何人も会うのだ、そう思われるわな。だけど勘違いしないでほしい、わたしの顔はけして広くない。むしろ狭い。なぜなら家とあのバイト先の行き来しかしてないのだから。……自分で言っててかなしくなってきた。

「今度、御礼も兼ねてお伺いいたしますわ」

にっこりと品のいい笑顔を見せられてなんだって?と挙動不審になる。こ、こんな人をあんな小汚いコンビニに連れて行けない……。

「そんな、いいですよ」
「水鏡!オレも行くぞ!」

ああ話がややこしくなる。べつに弓彦くんはいつでも来ていいけれど、水鏡さんはコンビニなんてたぶん一生縁のない場所だろうし、申し訳ないから遠慮願いたい。 でも二人はもう行く流れで盛り上がっているし……、よし、次来てくれたときにサイコーマート全スタッフを動員しておもてなししよう。
今しがた再開を喜んだ二人と別れて、糸鋸刑事さんがわざわざ家の近くまで送ってくれた。忙しいだろうに、申し訳ない。礼を言って別れて家に入る。お母さんには心配するだろうからこのことは言わなかった。それにしてもこんな平凡な女が…すごい体験したな。


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