「まだ7月入ったばっかりなのに、暑いよねえ」
「うん、そうだね」


学校へ通うと決めた5月から、早くも2ヶ月ほど月日が流れた。中途半端な時期から急に通うようになったので、担任の先生もすごく驚いていて変に緊張したし、クラスにも馴染めるか、いじめられないか不安だったけれどまだ学校に通っていた時のクラスメイトが2年になってからも同じクラスだったようでわたしを見たときにすぐ駆け寄ってくれて話しかけてくれた。わたしの事情もうっすら知っているだろうに、何も聞かずにみんなの輪に入れてくれたことに本当に感謝している。口下手なことで嫌な気持ちにさせないか心配だったけれど、友達も、その友達もわたしが何を話したいかちゃんと待ってくれて涙が出そうだった。ずっと自分の世界に閉じこもって、優しくされたのが遠い昔だと線を引いていたけれど、踏み出してみればみんながみんな優しかった。わたしもわたしで、ちゃんとコミュニケーションが取れるように努力した。その甲斐あってかすぐに打ち解けることができ、こうして移動教室もクラスメイトと一緒に行くようになったのだ。
もう7月。梅雨はもう明けたのだろうか、外ではじわじわと日差しが強くなり、そろそろ蝉の鳴き声なんかも聴こえてきそうだ。


「もうすぐ衣替えだよね、苗字ちゃん半袖買う?長袖腕まくる?」


…わたしは、夏が苦手だ。こうして訪れる衣替えでは、嫌でも肌を出す機会が多くなるから。自分の身体にある醜いあざが嫌いだった。去年はずっと長袖でいたけれど、とくに友達もいなかった私は誰かに何を言われるでもなくそれを貫き通した。けれど今年は事情が違った。せっかく友達ができたのに、これを見られてとやかく言われるのが怖かった。そんなことはつゆ知らない友人に、曖昧に笑う。

「…半袖は、買わないかなあ」
「そっかあ、長袖腕まくり派ね!あたしもそうしようかな」

女子高校生というのは話題に事欠かない。すぐに衣替えの話は後ろに追いやられて、そういえばさっきの授業さあと友人が喋り出す。浅く終わってよかった。これから先一層この話題がついて回るだろうけれど、どうやって回避していこう。なるべく、この話はしたくはない。




「ただいま……あれ、御剣さん」
「名前くんか、少し暇ができてな、また検事局へ戻る」

家に帰ると珍しく御剣さんがいた。未だ慣れない名前呼びにどきりとする。今までずっと名字で呼ばれていたから、急に変わったところでどう対応したらいいかわからない。最近になって糸鋸刑事さんもイトノコさんになったし、わたしも御剣さんのことを名前で呼んだほうがいいのかな?……いや、今はまだ、そんな勇気はない。それにしても、検事局で引っ張りだこらしい御剣さんがまだ日の明るいこんな時間に少しの時間でも帰ってきているのが驚きだった。靴を脱いで手を洗い、リビングへ行くとこれまた珍しくいつものワインレッドのジャケットとベストを脱いでスカーフのついた高そうなシャツ姿でソファに座っていた。このように格好を崩しているのをわたしは今まで見たことがなかった。朝早く起きたときも寝癖の一つもつけなかった彼なのだ、完璧な人だと思っていたから今みたいな少し乱れた状態を見てああ、御剣さんも人間だなと思った。どう見ても人間なのにそう思ってしまうのは日頃の完璧さ故だ。くすっと笑えば、御剣さんの眉間にヒビが入った。

「すまない、このような格好はシツレイだったな」
「あ、いえ…御剣さんは人間だなって思って」

私の言葉に、さらに眉間のヒビは刻まれ、右の眉が大きく上がり口がへの字に変わる。意味がわからない、といった顔だ。まあ、意味はわからなくてもいい。

「それにしても、今日はやけに暑いな……名前くん、暑くないのかね?そのブレザーは冬用だろう」


どき、と心臓が脈打った。どうしてあまり触れられたくないことほど、このように触れられてしまうのだろうか。いつものように取り繕っても、きっと御剣さんは見抜くし、どう言ったらいいのかわからなくて口籠もっていると、察したのか御剣さんの鋭い目が大きく広がった。

「…不躾な質問だったか」

そういえば、御剣さんはわたしのこの身体を見ているんだった。思わず自分のお腹あたりをさする。もう痛みはないが、いかんせん見た目が悪い。御剣さんと過ごす平穏な時間を経て徐々に消えてはきているが、まだまだ外に出せるほどではないと思う。

「まだ痛むのか?」
「いえ、まったく…でもやっぱり、まだ半袖は厳しいかなって」

わたしの言葉に苦虫を噛み潰したような顔をする。御剣さんが気にすることではないというのに、わたしのことを気にかけてくれるのはなんの混じり気のない優しさだ。赤の他人のあざまで心配して、この人の気苦労は絶えないだろうな。

「そうか……」


その微妙な顔のまま、御剣さんはなにやら考え込みながら鞄を手にまた検事局へと戻っていった。わたしのせいで、また御剣さんに余計な心配をかけてしまったかもしれないと自己嫌悪する。お世話になっている人が、こんなに優しい人だと今までと勝手が違った。御剣さんは優しすぎて、ふとしたことでも気にしてしまう。どうしたら自分の存在がいかに負担をかけないでいられるか、わたしが考えるのはそのことばかりだ。


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