いらっしゃいませー。あ、間違えた。いつもはバイト中からお届けするが今回はまったく違う。人生初生警察手帳を目にして人生初パトカーに乗って人生初訪れたのがここ、警察署だ。自分の住む地域の警察署なんて人々はあまり覚えていないだろう。かくいうわたしも、そういえばこんなところにあったなあと思う程度だ。落とし物を拾ったとかで行くことはあるかもしれないが、よりによって事情聴取で訪れるなんて本当に人生何があるかわからない。パトカー内でしばらく待たされていると、またあの大柄の刑事さんが乗り込んできた。

「あれ、降りないんですか?」
「話を聞くのはここじゃないッス。警察局ッスよ」

警察局…?とはなんぞや。なんだかよくわからないが、たぶんこの警察署よりランクが高い場所っぽい。ここじゃないんかーい、と心の中でツッコミを入れると、「自分の忘れ物を取りに来ただけッス」と心を読まれてびっくりした。刑事って読心術も使えるの?
刑事さん(いとのこぎり刑事というらしい。ヘンな名前だ)のよくわからない鼻歌を聞きながらしばらく窓の外を眺める。この刑事さん、犯人とパトカー乗ってても鼻歌歌ってるのかなあ。


「さ、着いたッス!案内するッス!」

にこにこと笑いながら警察局というやたらデカい建物の中に案内される。間違ってもわたしのような小娘が来るところではないのだろう、すれ違う人みんなに見られ、ひそひそされた。さながら借りてきた猫、いやむしろ逮捕された犯人の気分だ。もう泣きたい。

「じゃあしはらくここで待つッス。今、御剣検事殿が来るッスから」
「みつるぎけんじどの……」

誰だよみつるぎけんじさん。と思ったが口には出さないでおいた。聴取ってこの糸鋸さんがするんじゃないの?なんだかよくわからないな、と思いながら特に何もない部屋を見渡す。殺風景だな、取り調べ室ってこんな感じなのかな。


「…お待たせしてすまない。検事の御剣怜侍だ」

しばらくぼうっとしていたら、後ろからガチャリとドアノブが回され振り向くとワインレッドのスーツに白いヒラヒラ。…白いヒラヒラ?

「あっ」
「どうかしたかね?」
「き、貴族さん……!」

見覚えのありすぎる白いヒラヒラを見て、思わずわたしが勝手につけたあだ名で呼んでしまった。その奇跡的な、もはや運命的な再会に感動しているわたしをよそにおそらく不快だったのだろう、貴族さんの眉間にしっかりと深いヒビが刻まれた。おいおい、トノサマングッズでめちゃくちゃ喜んでたあの可愛らしい雰囲気はどこに行ってしまったんだ。A賞引けなくてすんごい落ち込んでたじゃないか。(あれはわたしの店のミスだったのだが)

「…、私と会ったことが?」
「いやあの、えーっとなんというか…トノサマンというか…」

あ!もらったトノサマンクリップ!E賞の!と思い出して胸元を触るがどうして残念、わたしはいまバイトの服装ではなかった。このままでは初対面で開口一番失礼なことを言い放った人間だ。ひょんなことから疑いがかかるかもしれない、それは避けたい。トノサマンというワードにわかりやすく反応したのか、わたしの顔を凝視して考え込む。

「あの…そこのサイコーマートの」
「……!き、キサマ…!いや、シツレイ、キミはあのときの店員か」

は?(ほぼ)初対面でキサマとか言われたんですけど。まあ(ほぼ)初対面で貴族さんとかいった私と同等か。じゃあ目をつむろう。どうやら貴族さんはこんなしがないコンビニバイトの顔を覚えていたらしい。まあみるからに上品で賢そうだし…大したことなくても頭が勝手に覚えてしまうんだろうなあ。

「そうです、特大クッション大切にしてますか?トノサ…」
「ン、ン゛ン゛…!」

トノサマンの、と言おうとしたら壮大な咳払いでかき消されてしまった。貴族さんの後ろにいる糸鋸さんがはてなを浮かべて首を傾げている。どうやら、トノサマンキャンペーンのことは内密にしておきたいらしい。ごほごほと咳き込みながらわたしの向かいに座る。「改めて、検事の御剣怜侍だ。本日の事情聴取の協力、カンシャする」と2回目の挨拶をされてふと疑問。ケンジのミツルギレイジ…どうやらケンジが名前だと思ったら違うらしい。貴族さんの本当の名前は御剣怜侍さん。…ケンジってなんだ?わたしの中の辞書にあるケンジは名前以外では……検事?

「検事さん…ってなんでしたっけ」

残念ながらわたしの足りない頭ではわからなかった。貴族さんもとい御剣さんが説明しようと口を開くのを遮って、なぜか糸鋸さんが嬉々と声を張る。

「検事は怪しいハンニンを起訴して裁判にかける重要な仕事ッス!御剣検事は、その検事の中でもトップのナンバーワン検事ッス!」

まるで自分のことのように鼻高々と話す。ええこの人検事じゃなくて刑事なんだよね?この際、トップとナンバーワンの意味が重複しているのは目をつむろう。些末な問題だ。どうやらこの糸鋸刑事さんは御剣検事さんのことが大好きらしい。さしずめ犬と飼い主だ。でもまって、じゃあ犯人捕まってないこの事情聴取になんで検事さんが?

「な、なんでそんなすごそうなひとが…」
「わざわざ事情聴取に、と言いたいのだろう。この事件は手口がフクザツなのだ。刑事の捜査だけでは心許ないと判断した。故に私がこうして目撃者の事情聴取に参加しているのだ」

なんだかよくわからないけど、ちょっと大事な事件のようだ。まあ未遂とは言え殺人だしなあ…。とりあえずはこの人が何者で、検事とは何かを理解した。そんなわたしをみて、御剣検事さんが淡々と今回の事件のあらましを説明していく。胸元の白いヒラヒラスカーフが眩しい。来店したときから世俗から離れていそうだなとは思っていたけれど、やっぱりすごい人らしい。この出立ち、佇まい、検事のナンバーワンそしてトノサマンファン……わたしもしかして、だいぶすごい人と対峙している?


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