「御剣検事、失礼するッス!」

コンコン、というよりドンドンと叩くように御剣怜侍の執務室のドアが叩かれる。御剣の返事も待たずに開け放たれたドアの向こうで、大柄の男がややしょんぼりした顔で立っていた。

「糸鋸刑事、捜査状況はどうだね?」
「それが……すまねッス、ショッピングモール付近の聞き込みと母親にも会いに行ったッスけどあんまり有力な情報は出てこなかったッス」
「そうか……」


ハア、とため息をつき太い眉毛を下げて糸鋸は今回の捜索願いの当人である女性の顔写真を机に置く。
御剣はその女性の顔をまじまじと見るが、生憎彼女に見覚えはまるでなかった。特記すべきことが見受けられない、至って平凡で真面目そうな女性だ。少なくとも非行に走るような雰囲気はない。 母親や友人の言うように、不穏な恋愛関係があったわけでないのなら一層ストーカーによる誘拐という線が濃くなる。

「糸鋸刑事、大学付近や彼女がよく行っていたであろう場所の近所で聞き込みをするのだ。彼女はストーカーに狙われていた可能性がある。」
「りょ、了解したッス!」
「一方的に執着されていたのなら、近所の人が怪しげな人物を目撃していたかもしれない。すぐに現場へ向かうのだ」

ドアの外を指差して早く行くように促せば、糸鋸は嬉々とした顔で勢いよく走り去って行った。
一人残された御剣は今回の案件のことを考える。…と、いったところでまた糸鋸が勢いよく戻ってきた。

「…なんだろうか」
「そういえば、さっき真宵ちゃんに会ったッス!元気なかったッスけど、何か知ってるッスか?」
「そんなこと、知るわけがないだろう」
「そうッスよねぇ……あ!じゃあ行ってくるッス!」

どうやら、大したことではなかったようだ。ふう、と手のかかる部下に一息ついて、御剣は手を顎に持っていって糸鋸の残していった顔写真と捜査情報を見ながらじっくり考える。ストーカーか、…やはり単なる家出か。家出の場合、1ヶ月経ってもなんの連絡もないのは珍しいことだ。そもそも、一ヶ月もの間音沙汰がないとき、かなりの確率でもう生命の道が閉ざされてる場合がある。何者かによって誘拐されたと見た方がいいだろう。最悪の想定をしながら捜索にあたるのが基本だ。万が一の事態を考えつつ、行方不明者が見つかったのならそれで良い。顔見知りの犯行か、行きずりの犯行か。ストーカーならば被害者は相手を知らなかった場合も大いにある。目的は何か。人身売買、性的欲求、やむを得ず…さまざまなことが想像できる。比較的治安の良いとされる地域で、万が一凶悪犯罪だったら警察側の面子をかけて一心に捜査するだろう。まあ、今の今まで表立って動いていないのを見れば、ここの警察は優秀とは言えないが。兎にも角にも、どんな些細なことであっても見逃してはならない。被害者は今にも怯えているはずなのだ。放置すればさらに生存率が下がってゆく。それだけは避けねばなるまい。

御剣怜侍は、胸元のスカーフを締め直してこの事件を早急に解決すべく検事局長並びに警察局長の元へ急いだ。




___



「御剣検事!ここにいたッスか!」
その日の夕方、糸鋸がどこを探しても見つからない自分の上司を探して奔走していた。検事局にいないのならば、と自身の職場まで戻って片っ端から御剣怜侍の居場所を聞いていくと、警察局長室から出てくる己の上司とかち合った。

「ああ、糸鋸刑事。何かわかったかね?」
「それが、聞いて驚いてほしいッス!いたッスよ、目撃者が!」
「ほう」

部下の緩みきった顔を見れば進捗があったことはすぐわかったが、思い通りの言葉に御剣も感心する。
詳しく聞いてみると、被害者である苗字名前の通う勇盟大学の付近をよく訪れていた人物がいたとの情報だった。

「近所のおばあちゃんがあまりにもよく見るから覚えてたッス!でも…不審かどうかはあやしいッス」
「というと、どういうことだろうか」
「その男は青のスーツを着たガタイのいい男だったッスけど、いつも手帳を見ながら考え込んだり、電話をかけながら歩いていたりしてたみたいッス。それで、おばあちゃんは営業かなんかの人だと思ってたみたいッス」

せっかくの目撃証言ッスのに…と肩を落とす糸鋸。
まあ確かに、営業マンなら勇盟大学近くの会社かどこかにお得意がいる可能性は大いにあると御剣は考えた。誰かを探していた素振りがなかったのなら、その人物ではないのかもしれない。…だがしかし、ブラフの可能性もある。周りに不審に思われないように営業マン風の装いを意識したか。手帳に彼女の情報を事細かく調べ上げ、電話で協力者と綿密に計画を立てていたか。そう考えれば、手帳片手に考え込んでいたというのも電話をかけながら歩いていたと言うのも説明がつく。存外怪しいのだ。

「でも、ここ最近は見てないらしいッス!怪しいッスよね?」
「ふむ…それは怪しいな。糸鋸刑事、そのスーツの男について調べるのだ。」
「了解したッス!…あ、でも自分しばらく仕事を蔑ろにしてたッスから、抜け出せるかどうか…」

この事件が気になって仕方がなかったのだろう。この男は本来の自分の業務に手が回らなかったようだ。本分を忘れるとは、何たることか。御剣は憤りを隠せなかったが、たったいま己がやってきたことを思い出して冷静になった。

「フッ…案ずることはない。引き続き捜査に当ればいい」
「ど、どういうことッスか?」
「たった今警察局長に直談判してきたのだ。本日より、勇盟大学女子大生行方不明事件の特捜が設置される。」

そう、御剣怜侍が警察局長室へ足を運んだのはこの事件を立件するためだった。そうでないと自身もこの刑事も、伸び伸びと捜査することができないと踏んだからだ。頼り甲斐のある上司の行動に、部下が尊敬と敬愛の眼差しで破顔する。


「み、御剣検事…!さすがッス!やっぱり御剣検事は世界一ッス!」
「こうしている暇はない。一刻も早くその男の行方を追うのだ。徹底的に突き詰めたまえ。」

糸鋸はビシっと敬礼を決めると、一目散に警察局の外へ出て行った。それを見ながら御剣怜侍は自分の執務室へと戻る。まだ二十歳そこそこの女性の命を、こんな形で奪うわけにはいかない。何がなんでも見つけ出すのだ。そして、元気な姿で母親と友人に会わせてあげなければならない、と心に誓いながら。


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