「いらっしゃいませー」
「あんた、1週間前の16時過ぎぐらいにここでバイトしてたッスね?」

え、とわたしは固まった。ぴろりろりーんとまぬけな音が聞こえてきたから裏から戻って客を出迎えたというのに、目の前にいるのは品物に興味を示さずわたしめがけて一目散にズンズンと歩いてきたガタイのいいおじさん(ぎりお兄さん?)。一体なんだというのだ。混乱した頭でとりあえず裏にあるシフト表を見に行く。1週間前の16時…うん、たしかにわたしは出勤している。わたし、何かしたのか?とびくびくしながら古ぼけたコートを羽織ってスゴい形相で睨みつけてくるおじさんに正直に話した。

「た、たしかに、シフト入ってましたけど…あの…わたし何もしてないです」

しまった、これじゃ逆にあやしくないか?まだ何も聞かれていないのに何もしてないなんて食い気味に答えるやつ大体犯人だろ。ミスったあ何これ?捕まるの?

「…あ!いやすまねッス。アンタは何もしてないッスよ」

ぱちくりと目を開いて、一呼吸置いて申し訳なさそうに笑うおじさん。…あれ?怖いと思ったけどこの人もしかして怖くない?

「実は、アンタたちにちょっと聞きたいことがあるッス」

そういって取り出したのは、あれ?なんかこれ見たことある。…あっ警察手帳だ。えっ?ホンモノ?もしかして今ドラマみたいなこと起こってる?撮影か?
と、頭の中がパニックになってるわたしを無視して、大柄の男の人が次々喋り出す。

「おととい、近くで殺人未遂が起こったッス。ハンニンは逃走中で、近くの防犯カメラによるとこのコンビニで買い物をしたあと現場に向かってるッス。全身黒の服装で黒マスク、緑色の帽子を被った男、覚えてないッスか?」

わお、どうやらこれは撮影でもなんでもなく現実らしい。こんなの初めてだ。殺人未遂なんて、というか事情聴取なんて、一生に一回あるかないかじゃないか?とは言え、そんなこと聞かれてもそんな服装のお客さんなんて毎日見飽きるほど来てる。ピンポイントで覚えてるわけない、とりわけ特徴がない人なら尚更…あれ?そういえばあのときの変な人、たしか1週間前くらいに来たな…

「も、もしかして」
「心当たりあるッスか?!」
「いやあ、でも、1週間前の16時だったか曖昧で」
「良ければ、防犯カメラの映像を見せてほしいッス。アンタにも見てもらいたいッス」

そんなのわたしの一存じゃ決められない。と、とりあえず裏にいる店長を呼んで事情を話した。すぐに店長が防犯カメラを操作してくれて、刑事さんと一緒にチェックをしていく。


「…あ!この人、16時18分に来てたんだ」
「わかるッスか?間違いないッス、コイツがハンニンッス!」

アーメン、なんてことだ。わたしはあのときの人とわりとがっつり関わったぞ。まさかあの人がそんな、殺人未遂なんて。防犯カメラを見るまで現実味のないふわふわした気持ちでいたが、いざ犯人と突きつけられて嫌でも背筋が凍ってしまった。

「大丈夫ッスか?いきなりこんなこと言われても、追いつかないッスよね」

この刑事さん優しい。うっかり涙がこぼれてしまいそうだ。その辺にいるコンビニバイトがこんな体験をするなんて、というか18年という短い人生の中で殺人未遂の犯人に関わることがあるなんて、誰が思っただろうか。

「だ、だいじょうぶです…ちょっと混乱して」
「ムリもないッス…そんなときにアレッスけど、できればこれから事情聴取で着いてきてほしいっす」

事件解決のために協力したいのはやまやまだが、いかんせん今は勤務中だ。そんな今すぐにと言われても…と思って店長を見やると、それはもう必死な顔で「すぐに行きなさいここはなんとかするから」と訴えられてしまった。

「あの、じゃあ…行きます」
「ホントッスか?!ありがたいッス、恩に着るッス!」

両手を握られてぶんぶんと振り回される。そうこうしている間もわたしの脳みそは未だパニックだ。いや、変に冷静なところもあるからそうでもないのかもしれない。ひとまずバイトの制服を脱ぎ捨てて私服に着替える。荷物の確認して、そそくさと店を出て目の前のパトカーに乗り込む。わたしが悪いことしたわけじゃないのに、パトカーに乗り込むところを誰かに見られるのがなんだか後ろめたく感じて思わず俯いた。パトカー、初めて乗るなあ。……あ、鈴木くんにも連絡しないとまずいよね、これ。


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