「御剣さん、行ってきます」

「ああ、」


学校に行くと言い出した次の日から、さっそく彼女は朝早くからごそごそと支度をしていた。背中には画材だろうか、たくさんの荷物が入ったリュックを背負って朝食を食べて足ばやに家を出るのを見送る。いつもは見送られる側であるので、彼女の背中を見送るというのが新鮮だ。朝起きたときに、見慣れぬ制服に身を包んだ少女を見て、一瞬誰だかわからなかった。以前にも一度制服姿は見ていたというのに、不覚だ。そうして己の準備を整えて、私も後を追うように家を出た。




___



「じゃあ…いってきます」
「うム、帰りが遅くなるようなら連絡するように」

今日もまた制服の少女を見送って、支度をする。そして検事局へ向かう。そうした生活が何日か続いたとき、はたと気がついた。ここ最近、彼女は欠かさず朝食を食べている。以前からときたま一緒に食べることはあったが、朝は食欲がないからと言って私だけで食べる日も多かった。割合にすると7:3だ。食べるときは珍しいな、と思うほどであったというのに、ここ数日間はいつも食べて学校へ向かっている。なにか心境の変化があったのだろう、朝食を食べることはいいことだ。目に見えてわかる変化に、自分のことのように嬉しく思った。そういえば顔色もいい気がする。以前までは、あまり日に焼けていない肌がいっそう青白く見えて、枝のような腕や脚が心配になる程だった。いつか倒れるのではないかと。まあ、実際倒れたこともある(彼女曰く、寝てたとのことだったが)し、彼女が健康になればなるほど私の心労も少なくなっていいだろう。

「御剣検事!おはようございますッス」

…後ろから否応なく聞こえた大声に、思わず眉を顰める。この男は、なぜこうも朝から元気なのだ。最も、この男の声量がおかしいのは今に始まったことではないが。

「糸鋸刑事、キミはどうしてそんなにこう…うるさいのだ」
「ひ、ひどいッス……あ、名前ちゃんはどうッスか?仲直り、できたッスか?」

眉を下げながら聞いてくる部下に、私はさらに眉を顰める。…そうだった、私としたことが、弱っていたのだろうか、よりにもよってこの男にその話をしていたのだ。とはいえ、話してしまった以上ムカンケイではなくなった。結果的に彼女との関係も修復されたのだから、と私は重い口を開いた。

「…まあ、その、なんだ。そうだな」
「え!仲直りできたッスね!悔しいッスけど、あの弁護士に頼んで正解だったッス!」
「………なんだと?」

部下の言葉を聞いて、私は思考が止まった。この男は今、あの弁護士といったか?この男がいうあの弁護士なぞ、私は一人しか思いつかない。だがしかし、その男とあの少女が結びつくとも思えない。となると、…さしずめこの目の前の男が余計なことを言ったのであろう。はあ、と大袈裟にため息をつく私を見て、古ぼけたコートの男がぎょっとした。

「…え!?聞いてないッスか?」
「私は何も聞いていないが?」
「あちゃあ……あの弁護士、自分で説明するって言ってたッスのに…」
「説明したまえ、糸鋸刑事」

厳しい目つきで睨みつけると、糸鋸刑事は萎縮したように私よりさらに重たい口を開いた。

「実は…御剣検事があんまりにも落ち込んでいたッスから、自分どうにかしたくて成歩堂龍一に頼んだッス」
「貴様は、勝手なことを…」
「す、すまねッス…それで、マヨイちゃんと一緒に名前ちゃんに話を聞きに行こうと御剣検事の家に行ったッス」

この男は、家主に許可を取らずに家に入ったというのか?まあたしかに、この男が訪問してきたら苗字くんはためらいもなくドアを開けるだろうが。私の考えていることがわかったのか、糸鋸刑事が慌てて弁解をする。

「あ、あの弁護士が御剣検事に説明するって言ってたッスよ!」
「…悪いが、私はそんなこと一切知らない」
「それは……すまねッス」

糸鋸刑事はしゅん、と肩を落とす。…まあ、この男に怒っても仕方がない。どうやら成歩堂が彼女の事情を聞き出して、何かを言って諭したのだろう。その結果がアレなのだ、過程はどうあれ、この男にも成歩堂にも感謝せねばあるまい。


「……まあいいだろう。糸鋸刑事、どうであれキミに話したのはマチガイではなかったようだ。感謝する」

「えっ!そんな、大したことじゃないッス!自分が御剣検事の役に立ててうれしいッス!」

跳ねるように喜ぶ部下を尻目に、スタスタと検事局内を歩く。言いたいことも聞きたいことも山ほどあるが、ひとまずあの男に詳しく話を聞かねば。このような事態とは言え、あの男に貸しを作るのは自分がユルせないのだ。まだ手をつけなければならない案件は山積みだったが、私はもろもろの支度を終えると足早に旧友の法律事務所へ足を運んだ。


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