「こ、こんにちはー」
「あ!名前ちゃん!いらっしゃい!」


そろり、とドアを開けて控えめに声をかけると、何倍もの大きさの明るい声で返ってきた。
ここは、成歩堂法律事務所。目の前にいるのはいつの日かトノサマンショーで一緒になった、そして先日わたしと御剣さんとの仲を取り持ってくれた真宵ちゃんだ。真宵ちゃんにももちろん成歩堂さん、そして糸鋸刑事さんにもとても感謝している。だから、ひとまず前に教えてもらった成歩堂法律事務所まできて、二人にお礼を言おうと思い立ったのだ。

「それで、どうだった?仲直り、できた?」

努めて明るい声で真宵ちゃんが問う。わたしはその優しさを感じながら、「うん…真宵ちゃん、本当にありがとう」と言うと、今度はなんの屈託のない笑顔で真宵ちゃんはにっこり笑った。

「なるほどくん!名前ちゃん、仲直りできたって!」

「そっか、よかったね」

大声で奥に声をかけると、コーヒーを飲みながら成歩堂さんが出てきた。スマートな感じで、中入ってといわれて足を踏み入れると、存外綺麗な事務所に通された。…隅っこの方にはたくさんの本が積み重なっていたけれど。

「名前ちゃんお茶飲む?ホラ、なるほどくん準備して!」
「もう用意してるよ」
「えっす、すみません…ありがとうございます」


成歩堂さんが出してくれたあったかい煎茶を飲んで、ほっと一息。真宵ちゃんがにこにこと絶え間なく笑っている。

「それにしてもさ、すごいよね!まさかあんなところで再会できるなんて!」

真宵ちゃんはわたしがいることを知らずにうちに来たようだった。まあわたしも、まさか真宵ちゃんが来るとも、まさか真宵ちゃんのいう成歩堂法律事務所の人が以前助けてもらった人だというのも思わなかった。御剣さんは、以前成歩堂さんと知り合いと言っていたし、糸鋸刑事さんとも知り合いだったのだろう。それにしたってすごい巡り合わせだ。

「うん…わたしも、ふたりがきて驚いた」
「だよねだよね!」
「いやあ、ホントだよ。まさかきみが、御剣の大事なヒトだなんてね」

スミに置けないよなあ。置けないよねえ。なんてふたりが会話しているのを聞いて、目をぱちくりとさせてしまった。大事なヒト。…大事なヒト?それは大いに誤解があるような。

「大事、っていうか…住むところがないから住居を世話してもらってるだけで、」
「えっ!コイビトじゃないの?!」

…これ、まえにも勘違いされたな。わたしと御剣さんって、その、そういうふうに見えるのだろうか。あまりにも年齢が離れているし(とはいってもひとまわりくらいだろうけど)、天地がひっくり返ったってわたしのような小娘を相手にするとは思えない。だって、御剣さんはとても大人だ。

「なんだ、あの刑事、紛らわしいこと言いやがって」
「残念、ま、でもそっか!もし御剣検事が名前ちゃんに手出してたらけっこうアブナイもんね」
「なんで?」
「えー?ほら、年齢的に。」
と真宵ちゃんが指を顎に当ててつぶやく。成歩堂さんの顔が深緑色に染まった。

「たしかに、ぼくが御剣を弁護するなんてもう考えたくないな」

「えっ」


成歩堂さんが、御剣さんを弁護?わたしの知ってる御剣さんは悪いことなんて一切しなさそうなので、思わず驚いてしまった。それをみて、成歩堂さんがはは、と笑った。

「大丈夫、ムジツだよ。あいつはそんなことしないさ」
「そう、ですか…。あの、成歩堂さんも、ありがとうございました」
「いいって、たいして何もしてないしね。ちゃんと誤解が解けたんだね、おつかれさま」
「名前ちゃん、仲直りできてえらいよ!」

この二人も、とってもいい人だ。最近出会う人たち、もっというと御剣さんと生活しはじめてから出会った人たちはみんな良い人ばかり。この生活になる前までとは、程遠かった。あのころは信頼できる人なんてほとんどいなかったし、味方になってくれるのは恩師だけだった。親に捨てられてから、次々回った血のつながりなんてほとんどないような人たちの中での生活はひどいものだった。うまく喋ることができなくて、蔑まれた。何もできなくて、叩かれた。ことあるごとに罵られた。「なんでわたしたちがこんな子を」「もっとうまくできないのか」それでもなんとか耐えられたけれど、最後の家が酷かった。叩かれたわけでも暴言を吐かれたわけでもない。ただ無視されたのだ。わたしが何をしても怒らない、気にかけない、見えていない。痛いことなんてされてなかったのに、ただ存在を消されることがほかのなによりもつらいと知った。学校に行くのも億劫になってしまった。単位も気にせず部屋の一角に籠る生活を見て、手を差し伸べてくれたのが恩師だ。わたしが出ていくのもあの人たちはなにも言わなかった。まあ、見えていないのだから当然だろう。そうして連れてきてもらった御剣さんのおうちで、たくさんの出会いをしてきた。とても良くしてもらった。住む場所をくれて、自由に絵を描ける場所さえくれた。わたしがつくった料理を食べてくれた。紅茶の淹れ方を教えてくれた。わたしとたくさん話してくれた。それに、友達だってできた。みんながわたしと話をしてくれて、わたしのことを気にかけてくれる暖かさを久々に感じた。えらい、なんていつぶりに言われたかわからない。子どもが喜ぶようなたったひとことが、どうしようもなくわたしの心を満たしてくれた。うっかり涙が出そうになって、視線を下げる。うつむいた反動でぽろりと手の甲に水が落ちた。

「名前ちゃん、?」
「真宵ちゃん、大丈夫。…名前ちゃん、お腹すかない?」

必死に涙を引っ込めて、ぱっと顔をあげる。成歩堂さんが、至極優しい笑みを浮かべて手を差し伸べてくれた。今まで食欲を感じることはあんまりなかったのだけど、なぜかそのときはおなかが食べ物をもとめてぐうと鳴った。

「ミソラーメン、食べに行こうよ」
「うん!賛成!もちろん、なるほどくんのオゴリでね!」

まいったなあ、と笑う二人を見て、目の奥がぎゅっとなってまたうっかり涙が出そうになった。わたし、こんなに幸せでいいのかなあ。


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