その日は珍しくもデスクワークのみだった。御剣はデスクワークだけなのに執務室へ赴くのは気が進まないと、自宅である高級マンションで仕事をすることにしたのだ。要件があるときは糸鋸刑事が来ることになっている。

つまり、今日は名前と2人きりで比較的長い時間を過ごす日だった。
御剣は多少不安になったが、それでも前より変わったところがある。自室のドアの先のリビングでは先程から物音がする。幾分慣れたのだろう、名前は前より自室に篭ることはなくなったようだ。
掃除をしたり、ソファーでテレビを眺めたり、いたって普通の生活になっている


ピンポーン、と不意にインターホンがなった。
御剣が出ようと思ったのだが、名前は「あ、多分注文したやつ、 わたしがいく」といって先にぱたぱたと行ってしまったのだ。
ムグ…と思ったが宅配ならば致し方あるまいと納得しながらデスクワークに戻った。


一方そのころ、名前は玄関の前で硬直していた。
ちらりとのぞき穴を見てみるとそこには大男が立っていたのだから。
カーキ色の色あせたコート、無精ひげを生やし太く濃い眉毛を少し困ったように垂らしながら大男は立っている。

「(どうしよう、誰だろう…)」
あきらかに宅配の人ではない。しかし来てしまった以上開けないわけにも行かない。御剣に助けを求めようとも、彼はいま仕事中で邪魔はしたくない。
一瞬で名前の思考はストップするほど、その男は恐ろしく見えたのだった

誰もいないのだろうかと頬をかく姿が見えた。
いけない、来訪者であるのに待たせてはいけない、そう感じた名前はおそるおそるドアを開け覗いた

刹那、

「だっだれッスかアンタぁあ!!」
急に叫ばれてひぎゃあ、となさけない声を上げて名前はおののいた
驚いた衝撃で横の靴箱にぶつかりがたんがたんと音が鳴る。
すっかりへたりこんでしまった名前を尻目に扉は大きく開かれる

「アンタ、何者ッスか?ここは御剣検事の家ッスよね?」
頼りなさげだった太い眉をきっとつり上げ、名前を訝しげに見つめた。

名前は怖くて怖くて仕方なかった。
「(やばい…やられる)」
本能的にそう感じてしまった。


「っ苗字くん! …糸鋸刑事ではないか」
大男の叫び声と靴箱が揺れる音を聞いてか、慌てたように駆けつけた御剣怜侍を名前は救世主だと思った

「ああっ!御剣刑事!フシン者っすか、この女!」
びっと指を刺されてしまった、すごい剣幕で。
えええ、と名前はただただ項垂れた。大声を出された挙句に不審者とまで言われてしまった、悲しいことこの上ない。そしてその大声は名前の過去の中のある一件を思い出させるようで、じわりじわりと目の前が霞んでくるのがわかった。

「…糸鋸刑事、彼女はフシン者などではない。私が預かっているのだ、謝りたまえ」
御剣は眉間に深いシワを寄せて言い放つ。
イトノコギリ刑事とやらはええっ!と一声吠えたあと、肩をすくめて眉を下げた。

「そうだったッスか…アンタ、申し訳ないッス」
一気にしょぼくれる姿に名前は思った、御剣怜侍は強い、と

「いっ、いえ、その…」
うまく声が出せない、怖さはなくなったはずなのにまだ胸がどきどきと音を立てていた。
その姿を見て御剣はやさしく名前を立たせた。

「苗字くん、すまない…彼は私の部下だ。これでも刑事なのだ、怖い思いをさせた」
ふう、と申し訳ない様子で謝る御剣に名前はだいじょうぶですと少し震えながら答えた。

じっとこちらを見つめる糸鋸刑事に気づいて、ぴゃっと御剣の背中に隠れる。

「ム、だいぶ怖がっているようだ」
腰あたりの裾を掴む名前に、心配そうに目をやった

「み、御剣検事…どうしていってくれなかったッスか?!御剣検事に、その、こ、恋人なんて…」

あらぬ勘違いをしているようで、御剣検事は驚き頬を赤く染めた。
「…グッ、刑事!そ、そのようなアレではないのだ、彼女は」
おほん、と軽く咳払いをして御剣は軽く説明をいれた。


「なぁーんだ、そうだったッスか!自分、御剣検事の部下をやってる糸鋸圭介というッス!」
びしっと敬礼を決めた糸鋸に名前はひょこり、と顔を出す

「…あの、苗字名前、です」
おどおどと挨拶する名前にも糸鋸は優しかった。
はいッス!よろしくッス!といって今度は慌てて御剣に話す
どうやら、本部からの証拠品が足りてなかったようでそれを受け渡しに来たのだという。
その間も御剣怜侍の眉間のシワは消えはしなかったし、時々するどくツッコミ(らしきもの)を入れたりして糸鋸刑事が項垂れるという光景が多くあった。

「(ころころ表情がかわるな、)」
糸鋸圭介のことを、御剣怜侍についてまわる犬のように想像して、なんだか無性に面白く感じた。

これが、苗字名前と糸鋸圭介のファーストコンタクトである。


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