「じゃあ、入門表にサインを!」
「はい、お願いします」


わたしは加藤村の馬借で働いている。戦で焼かれた村を抜けて、お腹を減らしていたところを見つけてくれたのが清八さんと喜六さん。あれよあれよと運命が巡り、何もできないわたしをなんと賃金まで出して雇ってくださったのがわたしの大恩人、馬借の親方加藤飛蔵さんだ。本当に感謝してもしきれない。せめてもの恩返しにも、清八さんと喜六さんから厳しい指導を受けてようやくひとりで馬を操れるようになった頃、なんと飛蔵さんから荷物の運びを承ったのだ!あいにく清八さんも喜六さんも他の運びに出られていて、はじめての一人での運びになったが行き先は飛蔵さんの息子さんが通う忍術学園というところだった。忍者は隠された存在だから、秘密だよとこっそり教えてくださった。まさか存在していたなんて、と感動するわたしをみて息子も通っているし、いい人ばかりだから一人で行っても問題ない。きっと暗くなるだろうから帰りは清八を寄越すからと言って屋敷に戻っていかれた。…よし!と意気込んで愛馬に乗り込む。さいわい荷物は軽いものだったのでわたしでも運べた。はじめてのお仕事に胸を高鳴らせながら馬の尻を叩く。

と、これがいまから三刻ほど前の出来事。そしていま、慣れない道を駆けながらようやく辿り着いたのがここ、忍術学園である。目の前にいるのは事務員をされている小松田さんという方だ。警備は厳重らしく入門表というものにサインをすると、快く迎えてくれた。「今日は清八さんじゃないんですねえ」「女の子の馬借なんてめずらしいなあ」「苗字名前さんっていうんですねえ」なんてほわほわと楽しそうに小松田さんが学園内を案内してくれる。中には休み時間だったのだろうか、色んな色の服を着た忍術学園の生徒(忍たまと呼ぶらしい)が物珍しそうにわたしなことを見ていた。外部からの、ましてや女はなかなかこないのだろう。このなかに若旦那がいるのか、まだほとんどお会いできていないから、会えたらいいんだけど…。多くの刺さるような視線を背にそそくさと職員室まで案内され頼まれていた荷物を渡す。

「では、これ」
「はい、わざわざありがとうございます」

「っわああ」

渡そうとした瞬間になぜか小松田さんがすっ転んで、手に持っていた筆を豪快にぶちまけてあやうく荷物を汚しそうになって驚いた。そのあと土井半助先生がこっぴどく叱っていて、ごめんなさいとしゅんとして謝る小松田さんをみて、すこしおっちょこちょいな人なのだろうと少し笑う。そんなこともあったが無事荷物を届けることができて、また小松田さんに門まで案内してもらった。


「丁寧に案内までしていただいて、ありがとうございます」
「それが僕の仕事ですからぁ」

間伸びした柔らかな声に、ここが忍者を育成する場所だなんて忘れそうだ。とても人懐っこくて、年齢もわたしと大差なくて話しやすかった。
ニコニコしている小松田さんを尻目に、愛馬を撫でる。あたりはもう夕方で、このまま帰るととっぷり夜になりそうだ。…あ、そういえば清八さんが迎えに来てくださるんだったっけ。

「あの、すみません、帰りは清八さんが迎えに来てくれるみたいなんです」
「ええ!そしたら、お茶をお出ししますねえ」

また元来た道を戻って、客間に案内される。そんなわざわざ、申し訳ないな、と思っているとぱーんと勢いよく襖が開けられた。

「こんにちはー!小松田さんの恋人って本当ですか!」
「えっ違います!!」

もうほんとうにいい笑顔でとんだ爆弾を放ってきたのがこの3人。メガネの子と背の高い子とちょっとぽっちゃりした柔らかそうな子。
必死に違うと説明すると、残念そうに3人は肩を落とした。この子たちはここの忍たま一年は組の乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくんというらしい。遠目で小松田さんが女性と歩いているのを見て、勘違いしてすっ飛んできたそうだ。あらぬ誤解を立てられて、申し訳なさと恥ずかしさで小松田さんを見やる。

「たしかに苗字さんはかわいらしい人だけど違うよ乱太郎くんきり丸くんしんべヱくん」

これが素なのだろう、面と向かってかわいらしいといわれて、じわじわと体温が上がる。何も言えなくなってしまって黙り込む。おもむろに小松田さんがお茶を持って立ち上がると、どこかで見た光景だ、またすっ転んで小さな3人に熱いお茶が降り注いだ。

「わあ!大丈夫?やけどしてない?」

「ご、ごめんねえ」
「もー!小松田さん!」
「これだから小松田さんは…」
「そうだそうだ、この前だって、」

わたしの心配をよそに、3人は声を揃えて小松田さんのいままでの失敗を教えてくれた。やれ書類をすぐにぶちまけるだの、やれ宿題を全部入れ替えてしまっただの、挙げ句の果てには小松田さんのことをへっぽこ事務員だと言って掘り下げれば掘り下げるほどあるらしい。優しいひとだけど、やっぱりちょっぴりおっちょこちょいのようだ。頼りないといわれても仕方ないかもしれない。苦笑しているわたしの横で小松田さんはあからさまに肩を落としてしょんぼり。もう完全に耳と尻尾が垂れている。かわいそうに慰めようとしたそのとき、いきなり小松田さんの目つきが変わった。

「…何者かが忍術学園に侵入しようとしている!」

え、と言葉は続かず、あっちだー!と叫びながら走っていってしまった。想像できないくらいの真剣な顔を見て目をぱちくりしていると乱太郎くんきり丸くんしんべヱくんも侵入者だ!と言いながら走っていってしまうので、慌ててわたしも後を追いかけた。



「清八さん!入門表にサインをお願いします!」

やっとこさ追いつくと、全く息の乱れていない小松田さんと見覚えのある馬と人。…清八さんだ。
どうやらこの高い塀を馬で飛び越えてきたらしい。さすがだ。ごめんごめんと入門表にサインする清八さんを見ながらはたと気づく。

「…え、どうして誰か来たってわかったの?」

客間からここまでかなりの距離があるというのに。首を傾げていると横からにんまりと笑った三人が一斉に喋りかけてきた。

「小松田さんはどんな侵入者も見逃さないんです!」
「なんだかんだすごい人だよな」
「そうそう!でもサインをもらったらどんな人でも中にいれちゃうけど」

正直それはどうかと思うけれど、素直にすごい人だと思った。というか、ほわほわした雰囲気の小松田さんが急にあんな真剣に、忍者の如く侵入者を捕まえるところを見て、不覚にもぐっときてしまった。これが世間で言うギャップってやつだろうか?


「じゃあ名前、帰ろう」
「あ!お帰りの際は出門表にサインを!」

おっちょこちょいなところもたくさんあるみたいだけれど、こういうところや人当たりが良いところが小松田さんが忍術学園にいる理由なのかなと密かに思った。出門表にサインをして、小松田さんに返すととびきりの笑顔をしている。

「ありがとうございます、じゃあ、苗字さんまたお待ちしていますねえ」

その笑顔にきゅうっと胸が掴まれた。え、どうしよう、かわいい、というかかっこいい………。
「ま、また絶対来ます!」

さようなら、と四人の声を背中に聞きながら、清八さんと夕方の森を駆ける。こんな気持ちは初めてだ。

「名前、大丈夫だったか?若旦那にはご挨拶できたのか?」
「清八さんわたし……」

わたしの赤い顔を見て察したのか、青い顔をしてわたしを置いてさっさと馬を走らせてしまった。「親方!名前が!名前が!」という言葉を残して。………あ、若旦那にお会いできなかったな。


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