「おーい、ちょっと待つッス!」

後ろから声をかけられて、振り向くと見知った刑事さんの顔があった。

「あれ、イトノコ刑事!なにしてるんですか?」
「それはこっちのセリフッスよ、もう20時なのに、こんなところ出歩いてちゃ危ないッス」

たしかに、普段ならおうちに戻っているところだ。けれど度重なる状況の変化に、どうしても頭が追いついていかずこうやってふらふらと街を散歩することが多かった。イトノコ刑事は送ると言ってわたしの横を並んだ。正直、イトノコ刑事とは言えどいま警察関係者とはあまり関わりたくないのだが。しばらく世間話をしながら歩くと、イトノコ刑事がしきりにおおきなため息をつく。

「…どうかしたんですか?」
「実は…いま聞き込み調査をしてるッスけど、全然情報が得られないッス。御剣検事に顔向けできねッス」

聞き込み調査ときいて、どきんと鼓動が早くなった。タイミングが良すぎて、過敏になっているようだ。いけない、いつも通りに話さなきゃ

「…へえぇ、また事件ですか?」
「事件にはなってないッス、が…」

煮え切らない様子で言葉を濁す。イトノコ刑事が、まだ事件と決まったわけじゃないッスけど、内緒ッスよ?と言いながら言葉を続ける。どくどくと心臓がありえない速度で脈を打つ。なんとなく、とてつもない嫌な予感がした。




「隣町で女子大生が行方不明になってるッス」

さあっと全身の血の気が引いた。ああどうして、わざわざ聞いてしまったのだろう。こんなにあたしの心臓は警鐘を鳴らしていたのに。でも心の底のどこかでは、まさかそんなわけがない、死体がでてきたわけでもないのに刑事が知ってるわけがないと思っていたのだと思う。まわりの喧騒がぼやけて、音が遠くなる。足元さえも感覚がなくて、自分が今地面にいるのかもわからなくなってくる。現実に引き戻されたのは、イトノコ刑事の声でだった。


「アンタ、大丈夫ッスか?」
「…あ、ううん!えっと、お腹すいたなあって、思って」

ハッとして急いでへらりと笑顔を取り繕うと、イトノコ刑事は仕方ないッスねえ、と笑った。よかった、あまり不振には思ってないようだ。絶対にこの話の続きはしたくない。どうにか話題を変えなければ。

「うんうん、こんなときにはやっぱりミソラーメンだね!イトノコ刑事、食べに行きません?」
「そうしたいのはやまやまッスけど…あいにく自分の財布は驚くほどにカラッス」

財布を取り出すジェスチャーをして肩を落とすイトノコ刑事にあたしも笑う。

「あの弁護士と食べたらいいッス。…あれ、そういえば今日は一緒じゃないッスね」

また、どきんと鼓動が速くなった。どうしてこの刑事は、あまり聞かれたくないことをこんなにも聞いてくるのか。もしかしてなにか知っているのか。知っていてわざとこんなことを聞いているのか。…いや、でもあたしはいつもなるほどくんといるし、そう思われても仕方ない。大丈夫、なにもまだ知られていない、気づかれていない。うん、あたしはまだ、…大丈夫。

「えーと、なんだか最近忙しいみたいで!全然あたしに構ってくれないんです」

あはは、と笑う。大丈夫かな、引き攣っていないかな。

「ふーん、そうッスか。一応依頼はあるんスねえ」
どうやら依頼きてが忙しいと思ってくれたみたいだ。ほっとして、そしてこれ以上は詮索されたくなくて、もう自分でもなんで言ったかわからないけれど、急いで会話を切り上げてイトノコ刑事と別れた。後ろから「気をつけるッスよ!」という声を聞きながら、早歩きで街を去る。頭がうまく回らなかった。脳みそに酸素が足りてないみたいだ。どれくらい歩いたかわからないけど、人気のあまりないところまで来て、立ち止まる。息が上がって体が上下していた。ふ、ふ、と必死に息を整えてまた大きなため息をつく。やり場のない恐怖で、足がすくむ。思わずその場にしゃがみ込んで、ぎゅうっと身を固くする。

…危なかった。詳しく聞くことなんてできなかったけど、もしあの話が、あの子のことならば。
もう警察が動いているなんて知らなかった。…いや、もう一ヶ月近くになるし、当たり前なのかもしれない。それでもまだ信じたくなかったのだ。だからこんなに気が動転した。もちろん軽い気持ちで協力したわけじゃないけれど、目の前まで迫った危機感にどうしようもない恐怖が身を切り裂いた。またもう一度大きな深呼吸にも似たため息をついて、必死に自分の心を守ろうとした。


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