「名前ちゃーん!髪結わせてくれない?」

本来くのたまが忍たまに話しかけることはあっても忍たまがくのたまに話しかけることはほとんどない。もっとも、くのたまが話しかけるときは大体課題で悪戯を仕掛けるためなのだけど。かくいう私も例に漏れず、日々忍たまとは隔絶された生活を送っていた。これが一変したのはいつのころだったかな。

わたしが同級生とおしゃべりしてるのにも構わず割って入ってきたこの忍たまは、四年生の斉藤タカ丸さんだ。年齢はわたしよりも2歳くらい上だけど、どうやらわけあって四年生に編入してきたらしい。そしてこの忍たま、果てしないほどモテる。
いまだって無理やり入ってきたのに、私の友達はタカ丸さんを見てきゃあきゃあと黄色い声を上げるし、学年関係なくくのたまがぞろぞろと集まってきた。中には鋭い私へ向けた視線も。ああ、いやだなあ、目立ちたくないのにな

「タカ丸さん、もう休み時間終わっちゃいます」
「あ!ごめーん!そしたら、放課後は?どうかな?」

どうしてタカ丸さんがわたしのような目立たないくのたまに関心を寄せるのか、前に聞いたときににっこりと笑って「結いたくなる髪だから!」と言っていたのを思い出す。他の人と比べて特段いい髪質というわけじゃないと思うのだけど、髪結いをしていたタカ丸さんから見ると何かが違うみたいだ。
とはいえ、目立ちたくない私はうんうんと答えを渋っていると、集まってきたくのたまのひとりが「タカ丸さん!わたしの髪を結ってくださいな」と声を上げる。それを皮切りに、そこかしこからわたしも、わたしも!と大騒ぎ。こうなってはタカ丸さんも困ってしまい、てんやわんやとなっているうちにわたしは団体からこっそり離脱。対応できず困っているタカ丸さんを尻目に脱兎の如く、だ。これが大体お決まりのパターン。申し訳ないと思いつつも、わたしはまだ四年生だから上の学年の先輩の目もあるし、あまり面倒事には関わりたくないのだ。


ある日、山本シナ先生から久々にお叱りを受けてしまった。体力がないから、裏々山で走り込みをしなさいとの指南に、仕方なく答える。成績が並の私はこういう実技についていくのも精一杯だ。一緒に走ろうか?と心配してくれた友達に申し訳ないと断りを入れて、ひとりで裏々山へ向かう。
しばらく走り込みをしていると、奥の開けたところにタカ丸さんがいた。よくは知らないけど、タカ丸さんはその人柄から人望が厚いし、あんまり一人でいることはなさそうだ。なにをしているのか気になって、少し近づいてみると、座り込んだタカ丸さんの膝が赤く濡れているのが遠くからでもわかった。もしかして、怪我をしているのだろうか。そう思ったわたしは思わず走って、「タカ丸さん!」と大声を上げる。

「あれ、名前ちゃん」
「タカ丸さん、けが、されたんですか?」
大丈夫ですか、と手持ちの布巾を渡そうとすると、タカ丸さんははてなを浮かべてから、ああ、と手を打った。

「怪我じゃないよ、髪結いの練習してたんだよ」

手に持ったカミソリをぷらぷらと持ち上げ、いつものふにゃりとした笑顔で言われた。髪結い、そう、だったのか…。

「…いや!いくらなんでもご自分の膝で練習しないでください!」
今までついた傷がそこかしこにあった。古いものから新しいものまでたくさん。これではかわいそうだ、見ていられない

「ごめんねえ、手頃に練習できないからついね」

申し訳なさそうに謝るタカ丸さんを見て、こうはしていられないとわたしはお尻が汚れるのも気にせず彼の膝の前に座った。びっくりして大きな目をよりいっそう大きくしているタカ丸さん。

「私の!髪を!使ってください!」
「…え、いいの?!」

ぱあっと花が開いたように破顔して、ほどいた髪を優しく触る。そういえばいま走っていたところだ、汗臭くないかな、すみませんと言おうとすこし顔をずらすと、それはもう嬉しそうに櫛とカミソリをもつタカ丸さんを見て、何も言えなくなった。
タカ丸さんに髪を結われるのはこれで2回目だ。編入初日に目をつけられて無理やり整えられてから、いままで逃げていたから。


「…はい!できた!」
「え、あ、ありがとうございます…」

しばらくして、ポンと肩を叩かれて自分の髪を触る。傷んでいた毛先が整えられてツルツルだし、簡単にヘアアレンジまでされてしまっている。あまりの自分の髪の変わり具合に感動していると、にこにこと笑っているタカ丸さんと目が合う。

「うん、名前ちゃん、すっごくかわいい!髪結いさせてくれてありがとう」

こちらこそ、と言いかけて、止まった。これでわたしが戻ったら、もう一発でタカ丸さんが結ってくれたとわかるだろう。目をつけられやしないかとドキドキしながら、タカ丸さんの傷だらけの膝を見やる。

「た、タカ丸さん!」
「ええ!どうしたの?もしかして、気に入らなかった?」

大きな目を不安げに揺らし、首をかしげるタカ丸さんをぐっと圧倒する勢いで喋る。

「いえすごく素敵です!…じゃなくて!あの、いつでも練習台になりますから、その…」

膝、傷つけないでください…とどんどん尻つぼみになる。びっくりした顔のタカ丸さんを見て、ばい菌が入ります!忍者は足が命です!なんて必死に弁解する。そんな私に構うことなく、やがてまたふにゃあとあの笑顔を浮かべた。

「ほんとう?じゃあ、さっそく明日からいくね!」

もう夕方だし戻ろう?と手を引かれた。この手を繋いだままもどるのかな、そんなの、もっと目をつけられちゃう。少し考えてぞっとしたが、目の前の笑顔のタカ丸さんが、これで自分に傷をつけることがなくなるのなら、と考えてわたしも一緒に歩き出した。


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