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「金吾くん、行っちゃうの、?」

幼いころから一緒にいた、あの子のことをよく思い出す。家が隣同士でぼくの家が武家、名前ちゃんの家は武士にとって大事な刀をつくる鍛冶屋。そんなふた家族が隣同士なのだから当然ぼくたちこどもも大変仲が良かった。名前ちゃんはぼくよりひとつ下のかわいらしい女の子だ。鍛冶屋の長女だったために、小さなころから名前ちゃんはお婿さんをもらってあの鍛冶屋を継いでもらわないといけないと口酸っぱく言われてきたのだけど、ぼくが7歳、名前ちゃんが6歳のころに名前ちゃんに弟が産まれた。これで世継ぎ問題は解決したみたいだけど、ずっとお婿さんをお迎えすることを信じてきた6歳の名前ちゃんにとっては少なくとも大きな衝撃だったようで、自分の役目がわからなくなったのだろう、しくしく泣いてることも多かった。
そんな名前ちゃんを慰めてあげるのが昔からのぼくの役目だった。だから、名前ちゃんはぼくにとても懐いてたしぼくも名前ちゃんのことが好きだった。どんなときでも一緒にいた。ぼくが、10歳になるときまでは。

もともと忍術学園に入学したのは父の命だ。名前ちゃんの前ではお兄さんでも他の前では隠れて泣いてしまうようなぼくを見て、剣士たるものそんなことではいけないと父に叱りを受けて嫌々ながらも入学したのだ。それまで忍者になりたいと思ったことはなかったけれど、ここで生活しはじめて早5年。泣き虫だったぼくはもう五年生の忍たまだ。あのころよりはずっと忍者に対して関心がある。剣術の稽古にも打ち込んできたし、学業も疎かにはしなかった。だからいま、武士になるか忍者になるか、悩んでいる。忍術学園を卒業するとほとんどが忍者として生活するが、もちろんいろんな事情の子がいる。忍者にはならない者もいる。父はきっとこのまま武家として切磋琢磨することを願っている。と、同時にもしぼくが忍者になりたいといっても快く許してくれる、そんな人だ。

あと一年後には六年生になって、本格的に自分の進むべき道を決めなければいけない。うんうんと悩んでいるとき、思い出すのが最後に名前ちゃんと会ったあの日のことだ。もう5年も経ってしまった。家が鎌倉だから、今まで休暇であっても帰ることはほとんどなかった。名前ちゃんにも会えていない。最後に見たあの子は、ぼくが遠く離れるということを知っておおきな瞳にめいっぱいの涙を溜め込んで、震えた声でこういうのだ。「金吾くん、行っちゃうの?」

あのころは本当に子どもだったし、名前ちゃんはもっと小さかったからよくわからないけれど、でもぼくは本当に名前ちゃんのことが好きだった。恋とか愛とか、まあ今でもわからないけど、そういうのを通り越して大好きだったのだと思う。あの愛らしかった彼女はどんなふうに育っているだろう。幼いころから可愛らしい顔だったから、いまではよりいっそうそうに違いない。名前ちゃんは今年で13歳になる。13歳は、一般的にはもうすでに嫁いでもおかしくない年齢だ。世継ぎがうまれたのだから、名前ちゃんは普通にどこか別の人のところへ嫁ぐのだろう。
そう考えると、どうしようもなく胸が痛かった。でもぼくは忍たまだ。もし忍者になるのならば、こんな感情邪魔なだけだ。名前ちゃんは、ただ幸せであってくれたらそれでいい。それでいい、はずなんだけど。

大きくなった名前ちゃんとの再開を想像する。大人っぽくなったね、なんて会話してにこにこ笑い合って、でも、名前ちゃんの横にいるのは?

考えただけで吐き気がしそうだった。名前ちゃんの横にいるのがぼくじゃないなんて。
でも、もう嫁いでいるかもしれない。確認するすべは、そう多くはない。五年前の女の子に、ずっと惹かれている。実家に帰って確かめたいけれど、そんな勇気がなかった。もうずるずるとここまで来てしまった。

そんな折に、父から手紙が届いた。五年間で初めてだ。中身はなんだろうと確認すると、それは渦中の人物名前ちゃんのことだった。


どうやら、やはり名前ちゃんにも縁談がいくつかきたらしい。中には地元じゃ有名な地主の息子なんかもいて、名前ちゃんのお母さまはかなり乗り気だったようだ。…でも、名前ちゃんはさめざめ泣いて縁談を断ったらしい。幸い弟君がいたから家のことは問題がなかったし、名前ちゃんの幸せを一番としていたお母さまとお父さまは渋々であったが破談を了承したとのことだ。
ああ名前ちゃん、やっぱりかわいらしく成長してるんだなあ。
地主の息子なんてすごいじゃないか、幸せになるに決まってる。それを断るなんて、どうして。
文末には、"剣士たるもの、自分の意志は突き通しなさい"と父の字があった。父は、昔からお見通しだ。どうして名前ちゃんが断ったのかはわからない。わからないけれど、ぼくと同じように、名前ちゃんも思ってくれていたら…。

父からの手紙を何回も読み直して、また丁寧に戻して立ち上がる。戸部先生のところへ、行こう。次の休暇では実家に帰りたいとお願いしてみよう。ぼくの心は決まった。もしぼくが剣士になっても、忍者になっても、名前ちゃんの横に立つのはぼくだ。ぼくでなければいけない。そうであるために、すぐにでも会いに行かなければいけない。愛しい子が待つ鎌倉へ。
もう五年も経ってしまった。名前は、許してくれるだろうか。やわらかそうな頬をぷくっと膨らませて、怒るだろうか。怒られても、許してもらえなくても、ぼくの心は変わらない。こんなに長く待っていてくれたのだ、今度はぼくが名前ちゃんを待つ番だ。


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