「うー、さむ」

はあっとかじかんだ指先に息をかけると、白いもやになって空中に溶けた。こんなに寒いのだから、手袋くらい持ってきたらよかったな。今日は12月25日、所謂恋人たちのクリスマス。…なのだが、まあしっかり学校なわけで、なんなら昨日も学校なわけで…とどのつまりわたし苗字名前は一人さみしいクリスマスを過ごしていたのだ。学校では友達とお菓子の交換したし、一人さみしくってわけじゃあないけど。でも放課後になったら仲のいい友達はみんな彼氏と帰っちゃって、わたしはとぼとぼと駅までの道のりを歩いているのだ。

あーあ、沖縄って遠いなあ、なんてひとりごちる。一人でクリスマスを過ごしたわたしだが、これでも彼氏はいる。でも、東京と沖縄という超遠距離じゃあどうしようもない。明日は土曜日だし、明日だったら、わたしだって沖縄行ったのになあと歩きながら好きな人のことを考える。わたしの彼氏は、沖縄という遠い土地でテニスを頑張っているイケメンだ。茶色くてくりくりの猫っ毛に、すこしだけ吊った大きな目とこんがり焼けた肌。甲斐裕次郎くんとは家の近くでたまたまやってた全国大会の会場で出会った。出会ったというより、わたしが勝手に一目惚れしたんだけど。もともとテニス部に興味はなかった。うちの中学のテニス部が全国大会に出るということで、友達が誘ってきたのだ。だからほんと偶然、もはや運命だ、わたしと甲斐くんが出会ったのは。
初めて見たとき、もうほんとうにかっこよかった。沖縄から来てる人たちということで興味がわいて、ふと視線を向けたそのとき、その綺麗な目に、惚れたのだ。あのときの衝撃は忘れられない。彼を見つけてからはずっと目が離せなくて、あのときはうちのクラスの菊丸くんに負けてしまったけれど、でもいちばんかっこよかった。試合が終わって友達を残して入り口で出待ちまでした。負けてしまったのだから、落ち込んでいたけれど、どうしても関わりがほしくて半ばむりやり連絡先を交換してもらったのだ。横にいた部長さん(木手さんというらしい)にすっごい睨まれた。あのときの自分の行動力には脱帽する、あんな敵対心丸出しのなかぐいぐいいったのだから。

もちろん甲斐くんはちょっと嫌がってたから、最初は連絡しても本当に返ってこなかったのだけど、わたしがあの試合をみたときの衝撃をつらつらと送ったら返信が来て、そこからどうにか仲良くなってお付き合いをしてもらえたのだ。ほんとう、奇跡だと思う。

でもわたしたちは学生だし、東京と沖縄じゃほんとうに会えない。一度だけシルバーウィークのときに会いに行ったきり、会えていない。付き合ってから一度しか会えていないなんて、神様は無情だ。お互い連絡はしてるけど、やっぱり不安になる。だってむりやりだったし、甲斐くんが優しいから付き合ってくれたんだと思う。たわいもないやりとりをして、毎日が過ぎた。昨日のクリスマスイブもお祝いしたけど、沖縄ではクリスマスはあまり重要なイベントじゃないらしい。あんし騒ぐことかぁ?と返されてしまった。ちなみに沖縄弁はもうマスターしたも同然だ。恋の力ってすごい。会いたいって送りそうになったけど、きっと困るだろうしやめておいた。だから今日はもうクリスマスの話はしない。
でも、今日は昼からずっと返信が来なかった。甲斐くんは結構まめで、いつも返信は早かったんだけどな。もしかして、だれか女の子と過ごしてるのかな。

考えたくないけど考えてしまう。あー、めんどくさい女。もうすぐ駅だというのに道端で立ち止まって、両手を温めてぎゅっと目をつぶる。そうだよね、こんな年に何回会えるかわからない女より沖縄の女の子のほうがいいと思う。沖縄の子って、かわいいし……


途端、ぶぶぶ、とスマホが震えた。誰だろう、教室に忘れ物でもしたかな。ろくに表示名を見ずに電話に出る。

「はーい」
「名前かぁ?」
「っえ、甲斐くん、」

まさかだ、まさか甲斐くんから電話が来るなんて思うだろうか?今までだってほとんど電話なんてしたことない。普通の人なら声を忘れかけそうだが、わたしはそんなこと絶対ない。別に誰もいないのに、わたわたと髪型を直したりしてしまう。

「うー、でーじひいさんなぁ」

心なしか声が震えてる。どうやらかなり寒いらしい。沖縄ってやっぱり12月には寒くなるんだな。

「どうしたの、うれしいけど、大丈夫?あったまりな?」
「あー、そうしたいけど……じゅんに本土は慣れねーんさあ」

本土、本土…。思わず固まる。あれ、本土って、どんな意味だったっけ

「え…」
「…名前、会いにきたさあ」

言葉が出なくて立ち尽くすと、先の方にこの辺りじゃ見かけない焼けた肌が見えた。そんな、うそでしょ?

「っ甲斐くん!」
「おー名前、ひさしぶりやっさー」

駆け出して、甲斐くんの腕の中に飛び込む。結構な勢いだったけどしっかり受け止めてくれた。なんで、どうして、学校は?聞きたいことがたくさんあるけど、うまく伝えられない。え、あ、とかしか出なくてはずかしい。

「な、な、なんで?えっと、学校は?」
「…あとがうとぅるさや…」

うとぅるさや、がわからなかったけど、どうやら早退でもしたみたいだ。ちょっと青ざめてたから、無断?

「名前が、会いたいかなっておもってよー」
ばつがわるそうに目を逸らす。そりゃ、会いたかったに決まってる。

「…や、いまぬはゆくしさぁ、…わんが、会いたかっただけやっし」

困ったように笑われて、冬だというのに、体が熱かった。

「ほんと、うれしい。甲斐くん、だいすき」
「わんのが、かなさんよ」

まさかこんなサプライズ、クリスマスに、なんて幸せものなんだろう。さっきまでうじうじ考えてたのが嘘みたいだ!甲斐くんは、明日から休日だからいっぱい遊ぼうと言ってわたしの手を引いて歩き出す。もうクリスマスはほとんど終わっちゃったけど、私たちのクリスマスは明日からが本番だ。


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