お気に入りのプレイリストを流して、いつもの電車に乗り込む。時刻は7時46分。いつもの上り列車の4両目入ってすぐ横の後ろに体重をかけられるスペース。そこが俺の定位置。
雄英までは大体20分。乗ってるだけで着くからちょっと勉強したりするのにちょうどいい。朝の電車はいつも通り混んでてほんと気が滅入る。昨日は廊下歩いてたらヒーロー科のあの爆豪に会って喧嘩ふっかけられた。なんでヒーロー科が普通科の近くうろついてんだよ。
まあとにかく俺は朝から若干機嫌が悪かった。いつも聞くプレイリストを数回シャッフルするくらいには。
人にまみれながら英単を開いて勉強。どうってことない日常だったのに今日は少し違った。
「………」
目の前にいつのまにか乗ってきた雄英生がかなり神妙な顔つきで下を向いていた。まあ俺から見たらほとんど髪の毛なんだけど、隙間から見えた唇とか顔色がすごい悪くて、最初は腹でも痛いのかと思った。
「やめて…」
ちょうど曲から曲に変わる瞬間、無音になった時に目の前の彼女と思われるか細い声が聞こえた気がした。思わずイヤホンを外してまじまじと見つめると、なにやらごそごそと身じろいでいる。
これは、まさか。
彼女の後ろには覆いかぶさるようにやけに近いサラリーマンがいる。彼女はよく見たら震えている。おいうそだろ、これって痴漢か?こんな目の前で?
しきりにやめてと言っているが、どういうわけか他の乗客は気づかない。このおっさんの個性か?兎にも角にもどうにかしなければ、と瞬間的に思った。
いや、でも、
ぱっと女生徒が顔を上げて、俺の方を見てきた。半泣きで明らかに助けを求めている。ってあれ、同じクラスの…
「苗字さん…」
小さく呟くと苗字さんは意を決したように口を開けた。恐怖で声がかすれてほとんど聞こえなかったが、「助けて、おねがい」と確かに聞こえた。
「おい」
「っ…ああ?」
「"次の駅で降りろ"」
「……」
洗脳に、かかったようだった。学校外での個性の使用は禁止されてるが、そんなこと言ってられるか。助けを求めてる人を目の前にして。
そのあと、苗字さんと一緒に降りておっさんを連れて駅員に突き出した。個性を使われてギャアギャア騒いでたけど、俺という目撃者もいるしきっと苗字さんのスカートには痴漢の痕跡があるだろう。しっかり警察に連れてかれたのを2人で見届けた。…あ、今日の英単テストサボっちゃったな。
「心操くん…本当にありがとう」
解放されたのも束の間、苗字さんに勢いよく距離を詰められる。近い、
「いや…もうちょっと早く助けられたと思うし、」
「ううん、助けてくれて嬉しい、本当にありがとう。優しい個性だね」
優しい個性だね、なんて初めて言われた。体育祭で若干目立てたから俺の個性を知ってる人は多いけど、それでもそんなふうにいう人間はいなかった。心臓がひどく痛む、たぶん良い方に。
「わたし、心操くんと仲良くなりたい」
その素直な言葉に、俺はまったく断る理由がなかった。あー…やっぱりヒーローになりたい。
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