そして某時刻、成歩堂一行は高級マンションへ足を運んでいた。勝手に御剣の家にお邪魔する、という行為は甚だ心配が残るものだが。相談を持ちかけた当人もそれは危惧しているらしく、しきりに頬をかいたりキョロキョロと目線を泳がせている。


「イトノコ刑事、御剣のやつにはぼくから言っておくさ」
「なるほどくんがいるから大丈夫だよ!」
「そうッスかねえ…」


はあ、と思いため息をつきながらエレベーターに乗り、御剣の自宅がある階へ向かう。殺風景なもののどこか気品溢れるマンションの作りは、御剣怜侍に良く似合っていた。ある一室へ足を止めたとき、成歩堂はそこが御剣の部屋であることを悟った。向こうの彼女を恐がらせるといけないので、成歩堂と真宵は糸鋸の後ろに隠れる。そして糸鋸が、重い腕を上げてインターホンを押した。




▽△▽




一方ドアの向こうに来客がいるとは知らない名前は、スケッチブックを片手にはあとため息をつきひとりごちていた。御剣が出払ってから息抜きにと普段はあまり使わない水彩絵の具を引っ張り出していたのだ。もちろん、思ったような絵は描けない。そこへ身に覚えのないインターホン。当然、名前は驚くわけである。「え…」と声を洩らして玄関の方を見つめる。この時間に来訪者。同居人である御剣怜侍はもちろん仕事だ。かといって、自分にここへ招く知り合いなどはいない。一瞬、先日あった不可解な出来事のことを思い出す。ひたひたとなるべく足音を立てないようにしつつ、ドアスコープを覗くとそこには見覚えのあるコートと顔があったのだ。

「糸鋸刑事さん…」

いつにもまして眉を下げ、キョロキョロと目線は泳いでいる彼がいた。しかし、なぜ?糸鋸刑事ならば仕事先で御剣さんには会うはずだろう。御剣さんに用事がないならば…答えは必然的に自分に用があるということなのである。得体の知らない人物ではなかったため、ほっとしつつドアを開けた。


「名前ちゃん、突然すまねッス」
「いえ…えっと、」


「あーーー!!」


ふたりの、いや名前の声に被せて壮大な叫び声がマンションの廊下をこだました。どうやら、糸鋸刑事以外にも人がいたらしい。かなりびっくりしつつも、聞き覚えのある声。え、と思いまじまじと糸鋸刑事の後ろを見つめると、こちらに指を向けあんぐりと口を大きく開けている女の子…以前友達になった真宵がいた。

「え、真宵ちゃん…」
「名前ちゃん!え?どうして?!」
「どうしてって…」

ふたりとも大きく目を見開いて会話をしていると、横の糸鋸刑事が「なんだ、真宵ちゃんと名前ちゃん友達だったッスか」といささか嬉しそうに言われたので、はいまあ…と歯切れの悪い返事をする。突然の来訪者たちに、目がくらむ。一体どうして。きゃあきゃあとはしゃぐ真宵を尻目に、訝しげな目で糸鋸を見つめると、なんともう一人人がいることに気がついた。がっしりした体格にギザギザの頭。知り合いや話したことのある人が極端に少ない名前は、数秒の間もなく彼のことを思い出した。

「(この人、前会った…)」
「きみ、前重い荷物持ってた子だよね?」

真宵との再会よりも脈略の無い人物との再会。奇しくも向こう方も名前を覚えていたようで、びっくりしたように話しかけられた。

「アンタも名前ちゃんと知り合いッスか?」
「ちょっとなるほどくん!あたし聞いてないよ!」

次々と名前の頭上で交わされる会話。あまり慣れた場ではない名前は当然のごとく混乱していた。相も変わらず真宵は名前の両手を握っているし、目線はしっかりとギザギザの彼と交わっている。


「あ、の…御剣さんなら仕事で」
「…実は、今日は名前ちゃんに用があるッス」


念の為御剣の所在を言うと、やはり目的は名前にあった。そしてまた名前は混乱する。糸鋸刑事が自分に用事があるのはまあないことではないかもしれない。しかし、それに真宵ちゃんとギザギザの男性が一緒にいる理由は?考えてみてもわからない。一体なんなんだといった目で見つめると、糸鋸刑事は目を泳がせて何も言わない。その様子を見かねて、控えめに成歩堂が口を挟む。

「いやあ実は、ぼく御剣のトモダチなんだけど」

彼の言葉から出るそのワードに、どきりとした。この男性、…ナルホドくん?さんは御剣さんのお友達。そんな彼が一体なぜここに。というか、ナルホドくんというのはなんのあだ名なのだろうか。もしかして御剣さんが自分の愚痴だったりをこの人に…?いや、御剣さんはそんな人ではない。けれど…。とどんどん悪い方向へ思考が転換する。顔色がわるかったのか、その挙動不審さに気がついたのか、成歩堂は気を遣うようにまた口を開く。


「イトノコ刑事がね、相談に来たんだよ。アイツが落ち込んでるって」
「え…」

アイツ、とはやはりひとりしかいない。
彼が、落ち込んでいる?先日あんな態度をとったから、傷つけてしまったのか。その言葉にいよいよ顔が青くなる名前に、糸鋸が慌てる。


「取って食うわけじゃないからさ、話、聞いてもいいかな?」


至極優しく、不安を取り払うように声をかける成歩堂に、名前はとりあえず家にあげるほかなかった。勝手に入れたことは、黙っておこう。


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