それはある日本を返そうと図書室へ繋がる渡り廊下を歩いていた時のことだ。本2冊を片手にわたしは歩いていた。渡り廊下に差し掛かるとちらりと視界の端に見えたのは男の子2人。私の方に向き合っている人はたしか隣のクラスの…木兎くん?だったと思う。手前の私に背を向けている人はわからなかったけれど少し癖のある黒髪がゆらゆら揺らめいていた。ふたりが持っているのは白、緑、赤の個性的なボール。どうやらこの昼休みにも彼らはバレーボールをしているらしい。たぶん部活もバレーボール部なんだろう。青いなあ青春だなあと我ながら年寄りみたいなことを思いながらちんたらちんたら渡り廊下を歩いていた時のことである。今思うとどうしてあんなにちんたら歩いていたのか、もう自分の行動に後悔しているのだ。

「ヘイヘイヘーイ!」
「木兎さんうるさいですよ」

「こいっ!せいや!っあ」
「ちょ、」

思うままにバレーを楽しんでいただろうふたりが驚きの声を上げるのが横で聞こえた。そのあまりに焦ったような声に、思わず右側を向くと

「あぶない!!」
「っえ…」

なんと目の前にはあの特徴的なボール。びっくりして思わず顔を竦めたと同時に伝わる強い衝撃。運動なんて縁がない私の体は当然のごとくぐらりと横に倒れて、頭やら肩やらを打って、そのまま気を失ったのである。






目が覚めると白い空間。ぱちり、とひとつ瞬きをする。この薬品の匂いはどうやら保健室らしい。身体を起こそうとすると鈍い痛みが頭と肩に走る。いたたた。あのままボールはやはり私に直撃し、やはり倒れたらしい。うーん、なかなか無い体験である。痛みに耐えながら身体を起こすと同時にシャッと開かれる白い布。びっくりして目を見開くと、とくに見覚えのない……いや、このふわふわの黒髪。この人は、さっきバレーやってた人の片割れ?身体を起こしている私を見るやいなや深々と頭を下げられた。

「すみません、本当に」
「いっ、いやいやいや、平気です」

申し訳なさそうに顔を上げる男の子。あ、かっこいいなこの人。大丈夫です、ともう一度言うとすみませんというと突然自分の後ろのあたりを見やった。

「…木兎さん」
「えっ」
「木兎さん、早く」

ぼくとさん、と呼ばれた人。ぼくとさん。木兎さん。…え、あの木兎くん?と思いながらじいっとイケメンの後ろを見つめていると、それはもうしょんぼりと眉を下げて肩をすくめ、泣きそうな顔をしている隣のクラスの木兎くんがいたのだ。わたしも見るなりう…あ…と口ごもる彼。その背中をわりとすごい音でばしっと叩くイケメン。容赦ないなこのイケメン。

「す、」
「す?」
「す…」
「はあ」
「……すまなかった!!!」
「わあっ!?」


がばり、と勢いよく下げられた頭。わたしのが座る白い毛布に頭がくっつきそうだ。いきなりの大声に内心ばくばくしながらも小さく大丈夫ですと答えると、もうなんとも納得のいってないような顔をされた。

「いやホント、悪ぃな…」
「いえいえ」
「…木兎さんがアホなコントロールするからですよ」
「うぐっ」
「生きてますし元気ですよ」

ワンバウンドしたものが当たったらしいので、直撃ではない。…まあ割と痛かったけど。それでもしょんぼりしている木兎くんがなんとなく可哀想に思えてきた、大丈夫ですをロボットのように繰り返す。


「でもなあ」
「あ、あー…木兎くん、バレー強いですね」
「…お?!そうか?!」
「こら、木兎さん調子乗らないでください」
「ウワサ聞いてますけど、生だと迫力が違いますねえ」

なんとなく、思ったことを言ってみるとさっきのしょんぼりはどこへやら、気分を良くしたらしい木兎くんはいつものように眉毛を釣り上げてバレーのことを語り出す。その姿が微笑ましくて、うんうんと親身に聞いてあげていると、隣のイケメンが感心したように「木兎さんの扱いが上手いですね」なんていうものだから笑ってしまった。扱いだなんて、そんなたいそうな。

「おまえ、いい奴じゃねえか!苗字だろ?2組の」
「え、あ、そうです」
「なんだ知り合いですか」
「いや?初めて話したがな!ふはは、俺は記憶力いいからな!」
「お世辞にもいいとは言えませんけど」
「なぬっ!それをいうな赤葦!」

私の名前を知ってたことにも驚きだが、その2人の慣れたようなやり取りが面白くつい口元を隠して笑ってしまう。このイケメンはあかあしくんというのか、知らなかった。「面白いですねふたりとも」というと、木兎くんは持ち前の人当たりのいい笑顔を浮かべて「堅苦しいな!タメ口にしろ!」というので圧倒されてう、うんと頷いてしまった。…なんか、木兎くんはアニキって感じがする。いや、さっきの感じは弟だったけど。

「…でも、ぎりぎり頭ではないとはいえあまり負荷をかけないほうがいいですね」

咄嗟に頭を下げた行為は幸をそうしたらしく、頭へ直撃は免れたらしい。肩へのダメージが大きいけど。あかあしくんの言葉に再び顔を真っ青にする木兎くん。俯いて何も言わない。あれ、なんか嫌な予感。

「苗字…」
「な、なに?」
「………俺が責任を取る!!」


ででーん、と効果音がつきそうなほど堂々と胸を張りながら豪語した木兎くん…責任を取る?え、責任?
考えていることはあかあしくんも同じだったらしく不可解そうに眉を潜め「責任ってなんですか」と聞く。よく聞いてくれたあかあしくん。

「俺が苗字の怪我が治るまで奉公する!」
「奉公って」

そういえば今日の日本史でご恩と奉公やったなあ。きっとそれが響いているのだろう、どうにも単純な木兎くんにちょっとした可愛らしさを感じる。…が、奉公とは。木兎くん曰く、身の回りの世話をするらしい。クラスも違うのに、何を言っているのだ彼は。その優しさはすごく嬉しいけれどね。

「いや、木兎くん?」
「おう!」
「気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ?」
「…いや!そういうわけにはいかねえ!」
「ええー…」

困ったようにあかあしくんを見つめると、無理ですね、といったように首を振られる。なんてことだ。初めて話した木兎くんに、その、奉公されるとは。

「大丈夫だよ」
「いーや!俺はやるぞ!!」
「えっ」
「安心しろ!俺が責任を取るからな!」
「…は、はあ」

圧倒されつつ口に出した言葉を、肯定と取ったのかにんまりと笑ってやったぞ赤葦!と隣の彼の背中をバシバシ叩くのだった。無論、あかあしくんはすごく嫌そうである。そのあと予鈴が鳴って、「2組の先生にはいっとくかんな!」と言い残して慌ただしくふたりは帰って行った。途端に静まり返る室内…これは、これからどうなるのだ。多分すごく真っ直ぐな彼のことだから、明日から早速2組へ来るのかな。いや、さすがにないかな。ははは、と乾いた笑いをしつつそれを祈っていたのだが全くの無駄だった。早速次の日から、とは言わず放課後から私の元へ現れたことは言うまでもない。そして、その日から本当に二週間ほど私に付きっきりになり、治ってもなお私に奉公してくるのも、また言うまでもなかった。


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