「いらっしゃいませー」
「……」

金曜の夜10時。なかなか濃い人がこのサイコーマートに現れました。なるほどさんに負けず劣らずのがっしりした体。目を引くワインレッドのスーツ。それ以上に目を引く白いヒラヒラ。なんだ彼は。どこかの貴族なのだろうか。ヒラヒラをつけ眉間にはヒビをつけ、明らかにこの平々凡々なコンビニには不釣り合いなお客さんを前に失礼ながらわたしはガン見してしまった。それはもう、がっつりと。手に持っていた雑誌を落としそうだった。


「………」


渋い顔をしながらレジ前の何かを睨みつけている。いそいそとレジに戻るふりをして後ろからこっそり様子を伺うと、大きな背中に隠れてよく見えないけれど、所謂アレだ。600円くらいの券を一枚持ってレジてお支払いしてくじを引く、アレを見ているらしい。あれは大抵レジ前にあるのだけど、いまのキャンペーンはなんだったっけ。他にお客さんもいないせいか、なんだかすごく居心地が悪い。ヒラヒラお兄さん(勝手につけた)は動かない。


「……」
「……」

すごく、居心地が悪い。そーっと体を傾けていまのキャンペーンを見ると…トノサマンだ。…え?トノサマン?そういえば、二日限定キャンペーンだったか。昨日鈴木くんが半泣きになりながらひとりでアレを用意していた気がする。しかし、なぜヒラヒラお兄さんがトノサマン?息子さんでもいるのだろうか。謎は深まるばかり。

「…シツレイだが」
「ひえっ」
「これは、どのようにして買うのだろうか?」

ほ、ほんものの貴族きたー!!と心の中で叫んだ。ま、まさか買い方がわからないなんて。ヒラヒラお兄さんは本当にどこかの貴族なのでしょうか。がっちがちに緊張しながらヒラヒラお兄さんの横まで出向く。

「こ、これはですね、この引換券を取ってレジでお支払いする形になっています…です」
「ム、そうか……じゃあこれをお願いする」
「えっ」

あろうことか、ヒラヒラお兄さんは引換券専用BOXに入っていた券全てをガッと取ってわたしに渡してきたのだ。…え?

「どうかしたのだろうか?」
「えっと…失礼ですがこれ全部で?」
「ああ」

貴族だ…このヒラヒラお兄さんは貴族なんだ…。これからヒラヒラお兄さんじゃなくて貴族さんとお呼びしよう。受け取った枚数、16枚。600円なので、

「きゅ、9600円です」
「うム、カードで」
「はあ…」
「感謝する」
「い、いえこちらこそ」

どうやらこのキャンペーンは前15種らしい。ちょっと多くないか、さすがトノサマン。貴族さんはたいそう嬉しいらしく、心做しか花を飛ばしながらいそいそとくじを開けてゆく。…ちょっとかわいい。なんだかはじめてのおつかいを見ているような気持ちで、温かい目で貴族さんを眺める。全部開けたとき、「ム…」と貴族さんから少し不満の声がもれた。A賞出なかったのかな、と思いながらくじを確認する

「F賞が2つ、E賞3つ、D賞4つ、C賞3つ、B賞4つ…」
「……」

なんとかわいそうなことに、Aは出なかったらしい。がっくりといったように肩を落とす。すごく…かわいそうだ。いやでもBが4つというのもなかなか運がいいのではないか。ああでも、すごく落ち込んでる。すごくかわいそう。わたしの良心が傷んだ。…あれ?このキャンペーンは今日で終了のはず。貴族さんは全部買ったのにA賞は、残っている。きっとなにかの手違いだろうけど、たしかこの手のくじの残りは処分されてしまうはずだ。それなら、とわたしはにこやかに貴族さんに話しかける

「A賞も、どうぞ。今日で終わりなんです、このキャンペーン」
「い、いやしかしだな…」
「どうやら券の枚数が合ってないようですね、申し訳ございません」
「……」
「どうぞ、処分されちゃいますから」

トノサマンの特大クッションを渡そうとしても、貴族さんはなかなか受け取らない。かなり堅実な人らしい。うーん、どうしたものか。ふと、あるものが目に付いた。

「じゃあ、これと交換しませんか?」
「ム、しかし」
「わたしこれ、欲しかったんです。交換しましょう」
「………あ、ああ」

わたしが指さしたのはE賞のトノサマンクリップ。別に欲しかったわけではないけど、なんとなくかわいい。はいどうぞ、と半ば無理やりにクッションを押し付けると、しぶしぶと言ったように、でも嬉しそうに受け取ってくれた。おお、美しい。

「本当に、感謝する」
「いえいえ。ありがとうございました」

特大クッションやら手に大量のトノサマングッズを持って帰ってゆく貴族さん。…なかなかにすごい光景だ。でも最後に見た嬉しそうな顔をみて、なんだかすごくいい事をした気分になった。ふふふと笑いながら交換したクリップを名札の横に飾りとしてつけた。変な人だったけど、かわいかったなあ。


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