ソファに座り込んでいくらか過ぎた。帰ってくる様子は、ない。ちらりと見やったドアの先にはまだあの女の子がいるのだろうか。特に何をするわけでもない時間が着々と過ぎてゆくのがなんだか虚しい。成歩堂さん。なるほどう。珍しい苗字の彼は一体どこへ消えたのやら。室内にはわたし1人という無防備な状況に置く当たり、彼には誘拐という重大な罪を犯したことになんの罪悪感もないのだろう(外には見張りがいるが)
ぼうっとテレビを見たり、外を見たり、なんとなくぐるりと部屋を見渡したときにはたとわたしは思い立った。ここは成歩堂さんの家。にしては無機質なコンクリートが覗くから、住居を兼ねて何か別の、若しくは別荘、若しくは職場なのか。いくらにせよわたしは成歩堂さんがよく居る一室になにか彼に関する情報があるのではないかと踏んだのだ。玄関の前にカメラはあれど室内すべてにカメラがある訳では無い、はずだ。一刻も早くここから出るために、というよりは単純に成歩堂さんのことを知りたいという気持ちが優勢であったことは気づかないでおきたい。

がちゃ、と誰もいないのになるたけ小さな音を立ててドアを開ける。わたしが置かれている部屋と全く同じ作り。まず目に飛び込んできたのは大量の書物だった。そういえばリビングのような所に本棚はあったけど飾られているのは観葉植物だったり、なぜかトノサマンのグッズだったりでなんとも本棚の役割は果たしていなかった。おそらく、そこにもともとあったモノ。


「…六法全書」

一際目立つ黒い、茶色い?本。明朝体で書かれた六法全書という言葉は、わたしの学部と法学部が近いためにそこの学生が持ち歩いているのを見ていたので記憶にはあった。六法全書、というと様々な法律が書かれているものの、はず。

「法曹関係…?」

そんなものを持つ人は、法律が好きなのかはたまたそれに関する職か、少なくとも法律に深く関係していることが見て取れた。法曹というと、彼は法律家なのだろうか。その他にも山ほどある本のほとんどは法律に関するものだった。まさか、政治家が誘拐?そんなこと、倫理的にありえない。本の山から一歩退いた時、ばたばたと本の一部が倒れる音がして小さな悲鳴が洩れた。折り重なるように置かれた本達の間から見せるものは、

「まって、うそ」

思わず独り言が口をつく。わたしの二つの目が見たものは、確かに書かれた"はじめての弁護"という文字。弁護。ベンゴ。急いで頭の中の辞書を引っ張り出す。弁護とは、罪に問われた人とかを助けること。多くは弁護士のことだろうと、思った。弁護士?彼が?政治家なんかよりも何故かずっと衝撃的だった。そういえば、彼の胸に見えたきらりと光るモノはなんとなく見覚えがあった。昔ドラマでみた、弁護士バッジというやつなのだろうか。弁護するために必要な相手を落ち着かせ優しく寄り添うコミュニケーション能力は、彼にピタリと当てはまる。そんな、知らなかった。…いや、知りたくなかった。法に関わる仕事をする人が、法に触れるようなことをするなんて、だれが思っただろうか?


瞬間、部屋の向こうでかちゃりと金属と金属がぶつかる音がする。はっと息がつまった。かちゃかちゃと鳴る音は、間違いなく鍵を開ける音。成歩堂さんが帰ってきたのだ。やばい、と思っていち早く手に取った本たちを元に戻す。確認するのもままならなかったけれど、そんなことにきにしてる暇はなかった。成歩堂さんがリビングに入る前に、わたしはソファに飛び乗り、何事も無かったかのようにわざとらしくテレビを眺めるふりをする。成歩堂さんは入ってきて早々、「ただいま、」と柔らかな笑みをわたしに向けた。まだ心臓はうるさく音を立てている。自然を装っておかえりなさいと小さく声を出すが、少し上擦ってしまった。些かおかしいとも捉えることが出来るのだろうが、成歩堂さんはそんなこと微塵も気にする様子もなくキッチンで紅茶の準備をした。…よかった、怪しまれていない。同棲なのかと思うくらいに自然な生活。鼻歌交じりに用意をする成歩堂さんを横目で見つめる。重大な秘密を知ってしまった。隠すように埋まっていたあの一冊の本は、間違いなく彼の職業を示すものだった。わたしにはとても、複雑な気持ちが駆け巡った。


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